民事判決情報データベース化検討会報告書が公表された
法務省の民事判決情報データベース化検討会は、2022年10月以来、約2年間の検討結果をまとめた報告書を公表した。(検討会のページ)
この検討会と、それ以前に2020年3月から日弁連法務研究財団が行ってきたプロジェクトチームの議論にも加わってきた私としては、ようやく一つまとまってホッとするとともに、これからの法制化の行方と現実化の行く末をドキドキしながら見守ることになる。
さて、この報告書の内容であるが、民事判決情報データベース化というのは、要するに2025年か26年から始まる民事訴訟のIT化の結果として判決書がすべて電子判決書となることから、この判決データを全て、特定の民間機関に渡し、そこで仮名化処理をした上で、判決データの利用者に有償で提供するというものである。
従来は、各裁判所が公開に値すると判断した判決書を、一方では裁判所WEBに自ら仮名化処理をして掲載するとともに、紙媒体の判決書を判例集出版社やデータベース会社に回覧し、その各社が掲載を決定した判決を各社において仮名化処理をした上で、判例集出版社は解説やコメントを付して雑誌に掲載し、データベース会社は若干の参考情報を付加した上でデータベースに登載していた。
我々一般利用者は、裁判所WEBの情報を見るか、紙媒体判例集を見るか、はたまた契約しているデータベースを見るかによって、裁判例にアクセスすることができた。ただし、その数は全裁判例のごく一部にとどまり、年間1万件から2万件程度しか公開されない。令和4年の全終局判決22万件のうちの5%から10%程度である。
今後、この報告書の提案が実現すると、毎年20万から30万件の「民事判決」が全て、一つの民間機関の下で仮名化処理され、その利用者に有償提供されることになる。
この「全て」という部分と、一元的に仮名化するという2点が、この報告書提案のポイントである。
この報告書の提案も、細かな部分はいくつもあるが、重要なのは仮名化の対象と程度で、個人の氏名とか電話番号やメールアドレス、あるいは個人識別符号が判決文中にあれば仮名化するが、住所は都道府県・市郡・特別区レベルまで残す。生年月日も生年までは残す。法人名は残すし、個人でも裁判官とか代理人とかの氏名は残すとされている。
報告書の提案の問題点もある。まず、提供対象が「民事」「判決」に限られている点で、刑事判決はそもそも検討の対象にならなかった。民事判決に対して刑事判決は、すなわち前科情報でもあるので、プライバシー保護の必要性の次元が異なるからであるが、特に刑事判決の量刑判断など全判決を対象として分析検討する価値が高いものであった。また「判決」に限られている点も大いに問題で、要するに「決定」という形式での判断は民事保全や民事執行などで終局判断として取られており、判決手続中の付随的な裁判であっても法的判断には代わりがない。家事事件については、一般的にプライバシー保護のレベルが高いといえるが、それでも重要な法的判断として分析検討の必要性が大きいものである。例えば面会交流であるとか、全件を対象とする分析検討ができない現状では、僅かな公開例と自分の経験値を一般化して物を言うという世界になっている。残念ながら、決定をすべて公開するというには、決定書が独立して作られるとは限らないという点とか、民事訴訟手続以外のIT化は別に進行したため、「それは別」という線引きをなかなか突き崩せないとか、今回の検討会の守備範囲との関係で限界があった。
もう一つ、当初はオープンデータ化という表題を使っていたところ、また世界的にも裁判のオープンデータ化がトレンドでもあるにもかかわらず、オープンデータの重要な柱である無償提供ということにはならなかった。フランスなどでは、裁判所が、自らの責任と予算において、仮名化した全裁判例をオープンデータとして提供するという立法を行い実行しているところであるが、この点で日本は既に構想段階から脱落している。どうもこの国では司法に関する予算が極端なまでに薄いというのは、諸外国におけるリーガルエイドに対して日本の法律扶助の貧困さを思っても、痛感するところであるが、裁判公開の場面においてもまた繰り返されてしまった。
このほか、仮名化を行う民間機関(報告書では情報管理機関という)をどこが担うのかとか、有償提供と言っても金額はいくらなのかとか、提供の方法とか、判決を情報管理機関が受領して仮名化して提供するまでのタイムラグとか、様々なことは情報管理機関が自ら決定していくということなので、そこでなるべく使いやすい方法が取られることを願うしかない。
なお、情報管理機関にデータ提供を求めるのは、契約した利用者となる。それは判例集出版社やデータベース会社が想定されるが、それに限られたものではない。個人的には、例えば弁護士会か会員向けに情報管理機関から判決データを網羅的に提供を受けて会員の利用に供するとか、法学系の大学が単独または複数で研究者や学生の利用用に判決データ提供を受けるとか、さらには公立の図書館や資料館などが一般市民の利用用に判決データの提供を受けるとか、こうしたことも考えられて良いと思う。
そのようなことをすれば、判例集出版社やデータベース会社に民業圧迫にならないかと心配されることもあるかもしれないが、そこは付加価値の付け方によって差別化を図るのが本筋である。そもそも判決データにはなんらの著作権もなく、独占して販売する権利があるわけではないのである。出版社やデータベース会社は、裁判データに重要性のタグを付けたり、関連裁判例やら関連文献やらのリンクをはったりするという現在の最低限のレベルから、さらなる付加価値をつけることで、ただで利用できる網羅的データベースよりも自分の商品を選んでくれるという状況を作り出す必要がある。腕の見せどころであろう。
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