article:#山本龍彦 「思想の自由市場の落日 アテンション・エコノミー× #AI 」NEXTCOM44号4頁
いつも刺激的な論調で注目を集めている山本龍彦先生の論文が、最新のKDDI論文誌に載っていた。
題して「思想の自由市場の落日」ということで、憲法学のパラダイムシフトというのか、地盤崩壊というのかを予感させるような内容であった。憲法学者の面目躍如というべきかもしれない。
内容をかいつまんで紹介すると、人々の注意を引きつけるという性質が交換価値を持つ経済構造(アテンション・エコノミー)がネット時代とプラットフォーム全盛期に増幅するとともに、AI技術によるプロファイルが人の心理状態に立ち入って深化していくと、人の注意を強制的に奪うことにも繋がり、思想の自由市場の前提となる思想内容の競争や対抗言論による吟味の余地をなくしてしまい、「自由放任が未だに尊重されている唯一の領域」にも国家が何らかの介入を必要とするという考え方が、あのアメリカでも、強くなっているというのである。
「終わりに」において山本先生は、国家の関与の在り方についてプラットフォーム間の競争を維持することやプラットフォーム内にある思想のサブ市場の健全性を維持する仕組みを構築すること、選挙時におけるマイクロターゲティングの規制などが考えられるとの試論を提示されている。
アテンション・エコノミーと言われると、とても耳新しく、またその説明として人々の注意を引きつけることが経済的な交換価値を持つ社会というのもとっさには理解しにくいが、要するにインフルエンサーが広告収入を得られるようになるという話である。こうしたことは、山本先生が指摘するように、古くから存在するが、FBやTwitterというSNS、Googleなどの検索エンジンは広告収益モデルであって利用者数が広告媒体としての価値を固めるという意味でのアテンションビジネスであるし、いわゆるユーチューバーというのもネットを通じたアテンション・エコノミーの大衆化の典型例ということもできよう。そのような意味で、ネット・SNS・プラットフォームという情報流通機構の中でアテンション・エコノミーは増幅していることも理解できる。
他方でプロファイルのAI技術による深化は、主としてプラバシーないし個人情報保護の観点から警戒的に注目されてきた。思想の自由の領域における脅威は、その延長線上と言ってもよさそうだ。
さらに、上記要約では省いたが、山本先生が思想の自由市場という仕組みを掘り崩す要素として言及される「フィルターバブル」「システム1への砲撃」「ディープ・フェイク」「フェイク群衆」という4点も、重要である。
フィルターバブルとは、利用者のプロファイルによって得られた趣味嗜好の傾向を元に、その注意を引きそうな情報を提供することで、その他の情報から目をそらさせるという、囲い込み的なテクニックである。
システム1とは、直感的で処理速度の速い思考モードであり、論理的内省的な熟慮のシステム2と対置されるが、そのシステム1に訴えかける情報がシステム2の熟慮を妨げて、利用者の反応を支配してしまうことをシステム1への砲撃という。
ディープ・フェイクは説明不要であろうが、フェイク現象というのはボットにより作りだされる偽の多数発言者の存在により、偽の世論や偽の支持の外見を作り出して結論に影響を与えてしまうことを言う。
炎上と言われてオロオロして反射的に謝罪に走ったりするが、その実批判者はごくわずかしかいなかったという現象も、この辺りの要素から出てくると思うと、とてもわかり易い。
さて、山本先生は憲法学の立場からこの問題を取り上げるのだが、問題への対処に当たっては、思想の自由市場ではない本来の経済的取引市場における「自由」維持の仕組みが参照される。つまり経済法的な規制である。そして経済法的な規制といえば、独占禁止とならんで公正競争のための各種規制、典型的には景品表示法その他の虚偽広告・不実告知・不当勧誘行為の規制が挙げられる。これらは、伝統的な欺瞞広告やら押し売りやらの世界から、ネット時代・プラットフォーム時代、AIプロファイル時代になって、ますます困難な状況となってきたが、法制度が全然追いついていない現状にある。山本先生の論考は、この消費者保護規制の分野でも、行動ターゲティング広告やその前提としてのプロファイル、あるいはフェイクやそこまで行かなくともフィルターバブルによる自由な意思形成の阻害といった侵害的なビジネス手法への対処が必要なことを教えてくれる。
さらに、思考の翼をひろげていくと、プロファイルの成果によりマイクロターゲティング的なアプローチをとることを、裁判実務においても行いうるのではないか、そしてそのようなアプローチは裁判官の思考傾向に合わせた主張立証の工夫という限度では正当な訴訟戦術と言えても、フォーラムショッピングになるとグレーであり、さらにフィルターバブルやフェイク情報の利用、そしてシステム1の砲撃という「手法」を用いるところまで行くと、もはや禁止すべき領域となるのではないか。
裁判官裁判が中心の日本では、少数の裁判官の心をつかむことで操作が可能になるとも言えるし、逆にプロの裁判官に対してはそのような操作は難しいともいえる。しかし、裁判員裁判では、あるいはアメリカの陪審裁判では、プロファイルが行き過ぎて、さらに欺瞞的な攻撃手法が用いられることによる不正・不当な裁判操作が可能となるのではないか、その対策を考える必要があるのではないかという
そんなことあるのかと思われる方は、例えば事故による損害賠償請求訴訟で被害の重大さ・悲惨さを訴えることで冷静な過失判断を妨げてしまうという手法の存在と、これに対処するために責任論の審理が済むまでは損害論の審理に立ち入らないという実務の存在を思い出せば、フィルターバブル的な現象が裁判でも決して絵空事ではないことが理解できるであろう。
テミスの目隠しは、フィルターバブルに惑わされないために有用か、それともフィルターバブルが新たな目隠しとなるのか、古典的なアイコンの両義性は現代の問題にも示唆を与えてくれる。
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