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2020/10/14

#日本学術会議 問題愚見

 日本学術会議の会員任命問題は、現制度になったときにその独立性尊重が共通認識で、総理大臣の任命は形式だけのものという説明の下で出来上がったことなのに、最近になって、やはり任命権者が実質的に選抜するという態度に変わり、制度発足時もそのつもりだったと嘘をついている点が問題。

 この点に比べれば、今回の任命過程で菅首相自身が推薦名簿に赤を入れたか、それとも側近の官僚ないし政治家が推薦名簿を絞ったかはどうでも良い。首相が知らないうちに名簿が変えられたというなら問題だが、そうではなさそうだし、名簿は見てないという首相の発言もそういう意味ではあるまい。

 立法時の形式的任命という建前を覆したことに加え、任命権者が実質的に学術会議会員を選抜するということについては、学問の自由の侵害という問題が出てくる。これは選ばれなかった人たちへの学問の自由の侵害という意味ではない。学者たちの自己決定に政府が介入するという意味での侵害になる。

 政府が、学術会議会員となる人を、その人の学問業績に対する政治的評価に基づき選抜するというのであれば、学問の良し悪しを政治が決めることにほかならず、論外だ。これはもう戦前日本の軍に協力するか皇国史観を受け入れるかどうかで学者を選抜したり弾圧したりといった歴史につながるし、それを止めたのが現憲法だ。こうした弊害は世界的に枚挙にいとまがないし、共産国家も含む全体主義国家であると、冷戦ヒステリーの下での西側「民主主義」国家であるとを問わない。

 候補者の社会的活動を評価するのも、その活動が学問と切り離せないものであれば学問の自由の範疇だし、逆に学問と直接関係しない社会的活動を評価して学術会議候補者の適性を判断するなら、それは市民的自由の侵害にほかならない。

 ただし、推薦した方が不明を恥じるような理由があれば、例えば候補者が犯罪者だったとかテロリストと通じていたとか、学問といってもニセ科学だったり盗作だったりすれば、それは形式的任命でもチェック機能があってよい。それ故、任命を拒むのであれば理由を明らかにせよと言っているわけだ。

 逆に日本学術会議側の推薦過程が不当だという問題はありうる。会員の直接選挙が良いのか、協力団体の推薦に基づく選抜が良いのか、学者の自己決定という意味で適正なのはどのような形態か、議論の余地はあるだろう。この点は、これまで全然日本学術会議という存在に関心を払ってこなかった私には論評の能力がない。しかしその点は学術会議内で見直していく問題であり、これまでもやってきたことだ。今回の政府による不透明な一部任命・一部拒絶を正当化する根拠とはならない。ましてや、日本学術会議が政府の組織となっている点を問題視することも、それ自体として議論の対象になりうるとしても、今回の問題とは全く別なので、今回の問題に対応してその問題を持ち出すのは典型的な論点ずらしという批判が当てはまる。

 世間の議論はこの「ただし」の部分に集中しているようだけど、少なくとも推薦された候補者に問題があったというのであれば、それは政府側がきちんと理由を示すことで初めて俎上に上ることだ。その理由の明示がなければ、学者たちの自己決定を尊重する制度により保障される学問の自由を政府が一方的に侵害していることになり、それはやはり問題だ。

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