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2020/06/26

発信者情報開示手続の新しい仕組み?

総務省のサイトで6月25日の有識者会議の配布資料から論点整理(案)を参照してみた。

20200626-141900 開示されるべき情報の拡大、電話番号とログイン時のIPは懸案事項だったが、3枚目からの「新たな裁判手続」というのが創設されることになっていて、これはプロバイダの負担の声を踏まえてとある。その制度とは「発信者情報開示請求訴訟に代えて、被害者からの請求により、裁判所が発信者情報の開示の適否を判断・決定する仕組み」ということだから、要するにプロバイダを相手方とする民事訴訟ではない仕組みということなのだろう。そして疎明で足りるともしている。

この記述から推測されるのは、現行法制定前にも案としてはあった開示を許可する非訟手続のようなものが想定されているのであろう。

 

本来は、現行法が実体法上のプロバイダに対する請求権構成をとっているため、仮処分が最も馴染むが、これだとプロバイダが相手方になり、結局マジに争うことになって本案化も甚だしく、実効的ではなかった。

20200626-141950
説明資料には「被害者の権利回復を図る必要性と適法な情報発信を行っている者の自由な表現活動の確保という両者の法益の適切な確保を図る」とあるので、争訟性はある。プロバイダはその争訟関係の当事者ではないが、非訟事件手続でいう「裁判を受ける者となるべき者」で、参加可能とするのか。
ちなみに発信者も、非訟事件手続法21条2項の「裁判を受ける者となるべき者以外の者であって、裁判の結果により直接の影響を受けるもの」ということで、非訟事件手続なら参加資格がある。ただし、匿名参加を認めてくれないと、その道は事実上閉ざされるが。

ここで刑訴法299条の3以下のような被害者特定情報の被告人への秘匿、証人等の住所氏名の被告人への秘匿の仕組みを導入すれば、法制上困難とされている匿名訴訟ではなく、発信者が意見を陳述して審尋を受ける機会を保障した裁判手続が可能になると思われる。そうなると、片面的であるがゆえに被害者が名誉毀損の抗弁部分まで主張立証しなければならなかった従来の歪さを元に戻せるかもしれない。

ただし、人格権侵害における公人の地位とか企業情報の開示とか、実体法的問題点は残るので、開示が容易になると開示やりすぎの問題が起こらないわけではない。

 

なお、説明資料には、この新たな手続の前提としての議論が欠けている。

現行法は上に書いたように、実体法上の被害者がプロバイダに対して有する発信者情報請求権を前提に、それを民事訴訟で実現する建付けである。これに対して改革案は、プロバイダを相手方とせずに、裁判所に対する申請で決定を得る仕組みであるから、それは私法上の実体権ではありえない。私法上の実体権をこのような形で判断することには、違憲の疑いが強くなる。

そうだとすると、裁判所に被害者が求めるものは何か、言い換えると裁判所が判断することは何か?

まず発信者情報開示を自由にすることが出来ないのは、発信者情報が通信の秘密として、電気通信事業者に守秘義務が課されているからであり、この守秘義務を解除するということを裁判所の判断に係らしめているという構成が考えられる。

この構成は、一般的禁止と個別の禁止解除という行政法上の「許可」の構造だが、裁判所がこの種の許可を出す例は、案外たくさんある。

最近の立法例では、株式会社海外交通・都市開発事業支援機構法というのがあって、政府が過半数の出資をする特殊な株式会社だが、その役員は秘密保持義務を課されている(同法15条)一方で、この機構内に設置された海外交通・都市開発事業委員会に関して、機構の株主の議事録閲覧と委員の責任を追及したい債権者の議事録閲覧が「裁判所の許可」を得て認められている(同法20条2項・3項)。
裁判所の許可は、「機構に著しい損害を及ぼすおそれ」がある場合は出ないので、一応審査はされるわけである。

この場合の許可の効果は、まさに秘密保持義務の解除ということになろう。

当事者のプライバシー(特に身元秘匿の利益)と権利行使の必要性とを調整する場面で裁判所の許可を予定している例としては、ハーグ子奪取条約実施法の裁判記録の閲覧謄写に関する規定がある。

実施法60条が手続の非公開原則を定めているが、62条1項で「当事者又は利害関係を疎明した第三者は、裁判所の許可を得て、」記録の閲覧謄写を求めることができ、ただし「住所等表示部分」については同条3項でそれでも開示許可しないが、例外的に開示されるのが当事者の同意がある場合と「子の返還を命ずる終局決定に関する強制執行をするために必要があるとき」には開示許可が出る(同条4項)。

さらに、62条5項の以下の規定は、発信者情報開示についても大いに示唆的である。

裁判所は、子の返還申立事件において返還を求められている子の利益を害するおそれ、当事者若しくは第三者の私生活若しくは業務の平穏を害するおそれ又は当事者若しくは第三者の私生活についての重大な秘密が明らかにされることにより、その者が社会生活を営むのに著しい支障を生じ、若しくはその者の名誉を著しく害するおそれがあると認められるときは、第三項及び前項ただし書の規定にかかわらず、第三項の申立てに係る許可をしないことができる。事件の性質、審理の状況、記録の内容等に照らして当該当事者に同項の申立てに係る許可をすることを不適当とする特別の事情があると認められるときも、同様とする。

名誉毀損等の侵害情報流通が疎明されている場合に、この規定のような例外的歯止めをかける必要がどれほどあるかは疑問なしとしないが、情報発信者が企業の内部者であって公益通報に該当しそうな場合には、公益通報者保護法がザル法である現在、「当事者若しくは第三者の業務の平穏を害するおそれ」があると言えようし、名誉毀損とはいっても政治家とか高級公務員のような公人が対象の場合に、その報復のターゲットにされるかもしれないという場合には「その者が社会生活を営むのに著しい支障を生じ、若しくはその者の名誉を著しく害するおそれがある」場合もあろう。そのような場合には、許可を出さない特別の事情を認めることが考えられる。

総務省での議論の行方と立法の行方がなお注目である。

 

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