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2020/05/13

#ブックカバーチャレンジ 7-裁判をめぐる法と政治

最終回は、ガチの法律書で、しかも私の学生時代より前のものだが、今に至るまで自分的に影響を受けているものである。

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京都大学の法理学教授であった田中成明先生の本で、先生がこの本を出された後に北大に集中で来られたときに、大学院生のゼミを大学5年生だった私も聴講させてもらった。

当然ながら、全然付いてはいけなかったのだが、この本に書かれていることや当時田中成明先生が論じられていたことなどは、民事訴訟法の研究者になりたいと思っていた私の興味を惹きつけるものだったのだ。

 

その当時は、懐かしい響きもある手続保障の第三の波の時代で、民事訴訟の機能というものが色々な角度から見直されていた時代である。その中で、田中先生の議論は、法・政策形成という機能を民事訴訟が持ちうるのだという話であり、確定判決の固有の効力である既判力だけでなく、社会に対して働きかける波及効のようなものを正面から取り上げて訴訟の一つの機能に仕立て上げたのだ。

もちろんこれは、時代的には公害環境訴訟が華やかだった昭和40年代50年代の後であり、そこでの患者救済のための個別訴訟と、被害者救済のみならず公害の予防に力を注いだ立法との関係性を踏まえた議論である。

 

民事訴訟法学の方でも、公害訴訟のインパクトは大きく、多数当事者訴訟の見直しとか、当事者の背後にいる同様に被害者の存在も考慮にしれた訴訟理論への希求とか、それは判決効の広がりであったり当事者適格論の見直しであったりにつながるが、さらには主張・証明の構造に対する見直しとかもなされた。

その結果、通説が大きく変わったかというと、必ずしもそうではなく、典型的には証明責任論などはかえって硬直的で伝統的な立場を受け継いだ要件事実論へとつながっていったし、判決効も相対効が揺らぐことはなかった。当事者適格も、例外的な団体訴訟創設とか訴訟担当論の深まりとか、入会団体のような特殊な例では議論の進展が見られるが、むしろクラスアクションのようなオプトアウト型代表訴訟は日本では受け入れられないということの再確認で決着が付いた感がある。

しかし、現象としての裁判による法・政策形成の事例は、利息制限法をめぐる判例と立法の交錯が田中先生の時代にもダイナミックな動きを見せていたが、その後はもっと激しい揺れ動きを見せ、訴訟の統計に修正を加える必要があるほどに大量現象となった過払い金訴訟をもたらした。

このほか、憲法訴訟については、伝統的な理解では傍論ともいうべき、すなわち結論には影響しないところで重要な憲法判断が示され、それが立法に結びついている。かつての政治的なイシューでは憲法判断回避されてきたような場合について、積極的に合憲ないし違憲のの判断が下されている。その典型例は夫婦別姓訴訟と300日の再婚禁止期間違憲訴訟である。これなどは、裁判による政策形成そのものと言っても良いし、それは判例法とも異なり、裁判というフォーラムにおける議論が事実として政治的な機能を持ったといってもよい。

そうなると、田中先生も議論されていたが、相対効と当事者主義を基調とする民事訴訟が当事者以外の人々に「効力」を持つことの違和感、従って憲法訴訟理論で特にアメリカで論じられてきたスタンディング、すなわち当事者適格をどう考えるかということも考えるべきということになる。

こう振り返ってみると、この本を見た当時から今に至るまで、少なくとも私の理解水準はほとんど進化していないような気がして、実に忸怩たる思いである。

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