Book:最高裁に告ぐ
今年読んだ26冊目は白ブリーフ判事でお馴染み、岡口基一判事の最高裁に告ぐ
既に紹介済みの裁判官は劣化しているのか
に引き続いての挑発的な書名であり、予告段階から注目されていた。
『裁判官は劣化しているのか』の方は、主として要件事実の問題と裁判官の知的な伝承が失われているという話であったが、今回の本は、そのままズバリ、岡口判事のツイッターその他のインターネット上での活動、そしてその背景にある岡口判事の受験生時代や判事補時代の生活を振り返り、厳重注意処分から分限裁判に至るまでの経緯を描き、そして分限裁判それ自体に対する岡口判事の主張と問題提起を余すところなく書いている。
岡口さんの分限裁判の問題は、その分限という制度自体の問題点や、その対象となったツイートの理解の仕方、評価の仕方、そしてラストストローという補足意見が露呈しているように岡口さんのネットの活動全体にわたっての評価とそれを分限裁判の結論形成に持ち込むことの問題点など、それぞれに正確な事実認識の上で議論すべき内容がたくさんある。
分限裁判の制度的な問題についていうと、分限裁判は裁判所内部での懲戒処分であって公平な第三者による「裁判」の体をなしていない。形式的に申立人と判断者が分かれているが、また地裁以下の裁判官の場合は抗告も可能だが、最高裁判所の大法廷が第三者となるわけではなく、懲戒権者として判断を下しているのであるから、それが弾劾主義的な構造になるはずはない。特に岡口判事は手続保障にこだわるわけだが、分限裁判の経過から見てもそのような配慮は伺われない。岡口さん側が事前に懲戒の対象となる事実と評価を明示され、それに反論できる時間的余裕を与えられ、かつ事前に明示されない事実は評価の対象とはされないという民事の弁論主義、あるいは刑事における当事者主義的な仕組みは、懲戒権者が判断をする糾問的な手続では望むべくもない。
それが手続的に不正義であることはその通りだが、裁判所が最終的な判断権をもつ日本国憲法の下ではいかんともしがたい。さりとて、第三者機関による公平な裁きを構築しても、現在の裁判官訴追委員会の動きを見ると、あまり期待はできない。
非訟事件手続法が全面的に改正されたように、手続保障が十分でないことによる制度的な欠陥は、その手続について法律で手当をするしかないように思う。ただし、現在の立法過程を見ると、裁判官の懲戒手続について最高裁が守る気がない手続保障を強制するような立法が簡単にできるとは思えないので、裁判官の懲戒手続にきちんとした手続保障を持ち込むのは時間がかかりそうである。
その他の、ツイートの理解とその評価に関しては、簡単にいうと、どんなツイートでも傷つく人はいるし、裁判が題材であれば、特に当事者が目にすれば感情的な反発を呼ぶ可能性はある。このブログでも過去にそのような反発を受けたことは数知れずある。また当事者側であれば、報道や判決文に現れない事実があるとして、何も知らないくせにという反発をうけることもしばしばある。
しかし、岡口さんのツイートは女子高生殺害事件にせよ捨て犬事件にせよ、いずれもそのような当事者や事件の内容に一定の評価を加えるものではないので、傷つく人はいたかもしれないが、それは表現行為をしている限りやむを得ないものである。そして不適切だと自ら評価すれば、引っ込めることで落ち着くしかないのである。
そして岡口さんが言いたいことで重要なことは、裁判所・裁判官が情報発信をしないことで、何考えているかわからない状態に閉じこもることで、消極的な信頼を維持してきたとしても、そうした手法での信頼確保には限界がある上、欺瞞的でもあることである。
むしろ積極的に裁判官が考えていることを表に出して、批判に曝されつつも、積極的に信頼を勝ち得ていくことこそ、今後の裁判官のあるべき姿だという主張、やや私の希望が入っているかもしれないが、そうした方向に進もうとすることには全面的に賛成である。
もちろんそれは、茨の道ではあるし、また岡口さんの表現行為に実体的な問題がないかというと、いやいや問題だらけであろうと思うのだが、表現の自由の範囲内にある個々の言動に対して、職業上の懲戒や罷免といった制裁を加えることは適当ではない。言論には言論で批判すれば良いことである。そして仮にプライバシー侵害とか名誉毀損、著作権侵害というような他人の権利を侵害した表現行為だというのであれば、そのことを裁判で明らかにすればよく、裁判官だからといってその言動の法的な当否について裁判を受ける権利を奪われる謂れはないのである。
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