arret:判例の射程について最高裁と高裁との見解が食い違った事例
いろいろな意味で興味深い裁判例が公表されている。
最高裁判所は,民訴規則203条所定の事由があるとしてされた民訴法324条に基づく移送決定について,当該事由がないと認めるときは,これを取り消すことができる
直接的には、民訴法22条1項の、移送決定の覊束力に関する条文の縮小解釈がなされた事例である。
(移送の裁判の拘束力等)第二十二条 確定した移送の裁判は、移送を受けた裁判所を拘束する。
2 移送を受けた裁判所は、更に事件を他の裁判所に移送することができない。
3 移送の裁判が確定したときは、訴訟は、初めから移送を受けた裁判所に係属していたものとみなす。
最高裁自身が言っているように、この条文は管轄違いを理由とする移送が、その管轄の解釈を巡って移送元と移送先とが異なる見解を取ることを想定して、事件をたらい回しにするのを防ぐ規定である。従って、その趣旨からも、また条文の位置に基づく体系解釈としても、民訴法324条に基づく移送には適用がないと解釈するのが相当と考えられる。
この、いわば形式的な解釈論に加えて、実質的にも、以下の最高裁の判示したところが正当である。
民訴規則203条の趣旨が,同条所定の事由がある場合に高等裁判所が判決をすると,当該判決が最高裁判所等の判例と相反することとなるため,事件を最高裁判所に移送させることによって法令解釈の統一を図ろうとするものであることに照らせば,同条所定の事由の有無についての高等裁判所の判断と最高裁判所の判断が異なる場合には,最高裁判所の判断が優先するというべきである。
より正確には、「同条所定の事由の有無についての高等裁判所の判断と最高裁判所の判断が異なる場合には」ではなくて、「同条所定の事由の有無についての高等裁判所の判断と最高裁判所の判断が異なる場合にも」であろう。民訴規則203条は最高裁判例と異なる法的意見を上告審たる高裁が採用すべきと判断した場合のきていであり、高裁の法的意見が最高裁判例と異なるかどうかというメタレベルの判断事項は本来対象としていないはずなので、その点で拡張した解釈ということができる。
ちなみに最高裁としてはこのような形で移送決定を取り消して実質的な差戻しをする他に、自ら判断することも当然にできたはずである。判例の射程が及ばないとの解釈の下では判例変更ではないとして高裁の法的意見を正当と認めることもできたし、高裁の移送理由に従いつつ判例変更として高裁の法的意見を正当と認めることもできたし、いずれにしても高裁の法的意見を失当と判断することもできた。
高裁も上告審なのだから、審級の利益も関係ないわけで、その方が事件処理としては迅速であったであろう。
あと、裁判所が判例の射程について明示的に判断することは珍しいことではないが、このケースの射程の理解はそれ自体としても興味深い。
最高裁決定によれば、「担保不動産競売の申立てをした債権者が当該競売の手続において請求債権の一部又は全部の満足を得ることなく当該申立てを取り下げた場合」の時効中断効の帰趨が平成11年最高裁判決の問題であった。
これに対して本件の原審判断は、「債権執行の申立てをした債権者が当該債権執行の手続において配当等により請求債権の一部について満足を得た後に当該申立てを取り下げた場合」であるから、前提を異にするというのである。
時効中断効の帰趨は、さらに催告の効果が認められるかどうかにも関わり、微妙なところではある。
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