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2018/05/12

論文紹介:吉野夏己「スラップ訴訟と表現の自由」 #SLAPP

吉野夏己「スラップ訴訟と表現の自由」 岡山大学法学会雑誌67巻3=4号431頁

日本における公人の典型とも言える政治家から主にメデイアに対して名誉毀損訴訟が多発している現象に鑑み、アメリカの多くの州で制定されている反スラップ訴訟立法を紹介し、日本での立法の当否を論じる。

筆者が挙げる日本の政治家による名誉毀損責任追及訴訟はごく最近のものに限って22件。そのすべてがスラップ訴訟とは言えないまでも、批判を封じ込めるための訴訟と言わざるを得ない「だろう」と書かれている。

興味深かったのは、最初の東京地判平成13年4月24日判時1767号37頁で、なんと真実性に関して原告の証明妨害を認めて証明責任を転換したというのである。

ちなみにその部分の判示は以下の通りであり、判決文中で証明妨害→証明責任転換と明示されているわけではない。
注によれば、判例時報のコメント欄にはそのように書かれているようなので、担当裁判官がそのような意図の下に、しかし以下のような判示にとどめた(あるいは部長に赤を入れられた)ということなのかもしれない。

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当裁判所は、原告代理人に対し、前歴の有無に関する証拠の提出を促したところ、原告代理人は、平成一三年一月九日の本件進行協議期日において、人証申請を行う予定はないけれども、原告本人の陳述書を提出するかどうかは検討する旨述べた。

 しかしながら、原告は、本件口頭弁論の終結に至るまで原告本人の陳述書を含めて前歴の有無に関する証拠を一切提出しなかった。

   カ 被告らは、本件第一回口頭弁論期日から、犯罪番号や指紋番号を含む原告の前歴カードの内容を具体的に特定して主張し、最も直接的な立証方法として上記調査嘱託を申し立てたのに対し、原告は、本件前歴は存在せず、本件雑誌の関係記事は事実無根のねつ造記事である旨主張して、本件訴訟を提起しながら、自己の本件前歴の不存在を明白にするはずの上記調査嘱託の採用に強く反対した。本件各記事の真実性に関する立証責任は被告らにあるというべきものの、原告の本件前歴の有無については原告自身が最も詳細に事情を語り得る立場にあったのであるから、容易に証拠を提出することができるはずであったにもかかわらず、原告は、自己の供述を含めて、本件前歴の存在を積極的に否定する証拠を何ら提出しなかったものである。

 以上の点は、本件前歴の事実を報じた記事部分を事実無根のねつ造記事であるとして本件訴訟(本訴)を提起した原告の訴訟態度としては不可解というべきである。

   キ エで説示した証拠判断の点に、オの訴訟経過及びカのような原告の訴訟態度を併せ考慮すれば、原告に本件前歴があった旨指摘する前示各記述部分が真実であることを立証できなかったとして、これに基づく不利益を被告らだけに課すのは、訴訟上の信義則に照らして相当でないというべきである。

なお、筆者は、日本の実体法が現実の悪意の法理を公人に対する名誉毀損の場面で認めていないことこそが問題で、手続法的にスラップ訴訟の却下を認めるとしてもその前提に現実の悪意の法理が価値観として認められる必要があるという。
またそもそも、懲罰賠償の有無など、名誉毀損訴訟の位置付けが異なる日本では、アメリカの制度を軽々に導入するかどうか論じることもあまり意味がないという。
まあ、それはそうだろうなとは思うが、単純にアメリカでやってるから日本でも、という話はあまりされないのではないか。

アメリカの立法状況に関しては、筆者が別に論文を公表されている。吉野夏己「反SLAPP法と表現の自由」岡法65-3=4-15

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