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2018/05/14

論文紹介:岡本昌子DVと刑事法

岡本昌子「ドメスティック・バイオレンスと刑事法」同志社法学同志社法学69巻7号1147頁

深町晋也先生などの論考によるDV被害者が加害者に反撃するケース(私は個人的にDV逆襲事例と呼んでいる)で正当防衛の成立を従来より広く認めようという最近の議論を踏まえて、カナダの、特にライアン事件における裁判等を詳細に紹介している。
 この問題については、本論文でも引用されているが、斉藤実「DVにおける正当防衛の成否」法はDV被害者を救えるか ―法分野協働と国際比較 (JLF叢書 Vol.21)もある。

ライアン事件のカナダ連邦最高裁判決についてはすでに上野芳久先生がいくつかの文献で紹介されているが、DV被害者が殺し屋を雇って加害者を殺害しようとした事例が正当防衛と言えるか、強制による合意の抗弁が成立するのかという点で問題となり、一審二審は強制による合意の抗弁を認めて無罪、上告審は無罪を取り消し、手続の停止を命じたという。

その過程で、ポイントとして筆者が注目するのは、第一にDV自体の認定の困難である。この事件でも被害者が何度も警察等に助けを求めておきながら、事情聴取にDV被害を否定する陳述をして録音され、後日DV逆襲事例で起訴された時に実はDVがなかったという検察立証に使われたり、それを見た世間が被害者被告人バッシングに走ったりした。最高裁は、これに対して被害者が何度も警察に助けを求めながら、警察がまともに取り合おうとしなかったのではないかと疑う判示をした。しかし、これを受けて行政が調査した結果、DV被害者の救済と加害者の訴追を積極的に行うよう動機づけられていた警察が、それにもかかわらず、この事件では被害者が危険にさらされていると合理的に確信できる情報を得ていなかったというのである。
DV被害者が、その相手との人間関係から、あるいは埋め込まれた恐怖とか依存とかをテコにした支配力から、あるいは恥から、DVを認めたがらない傾向はこんな場面にも現れる。

カナダでもDV被害者の70%が通報していない。その理由はプライベートなことだからというのが最も多い。しかし通報された事例の中で立件された割合は、普通の暴力事件より高く84%に達する。そのような結果が出る前提には、1980年代後半からのポリシーで積極的な立件をDVケースについて進めるトータルな体制作りがあった。この論文では、その過程がかなり詳細に紹介されている。

にもかかわらず不幸にもライアン事件が起こってしまったことで、カナダはさらに正当防衛の要件を変えて、ライアン事件にも適用できる方向に動いているそうである。

この論文はここで終わっており、さて日本における正当防衛の解釈論は展開されていない。最初の問題提起からは少しがっかりなところだが、カナダの最近の動向は日本人としても大いに参考になるところであり、そのような情報として読むべきものなのであろう。

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