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2016/06/29

constitution:内閣の大多数を占める日本会議の改憲方針を百地氏が語る

【参院選】首相ふれぬ改憲……議論リードする「日本会議」、その中枢に迫る

今朝の政見放送でも自民党の候補者は格差是正を訴えて改憲の話はおくびにも出さないので、思わずテレビの前で「お前は共産党か」と叫んでしまったが、その裏で安倍首相は参議院選挙で改憲勢力が3分の2を抑えたら憲法改正に邁進するつもりであることを隠していない。

その背後に、日本会議があることは、Book:日本会議の研究で紹介した本などで明らかにされている。

その日本会議の政策委員で、彼らが主導する団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の幹事長を務めているのが百地章氏である。上記記事では百地章氏のインタビューで改憲の目標が少なくとも二点、挙げられている。

一つは、緊急事態条項の新設であり、もう一つは家族尊重である。
但し、それだけではなく、以下7点を掲げているのだが、特に上記の二点はすぐにでも改正作業に着手すべき課題だというニュアンスである。

「前文」…美しい日本の文化伝統を明記すること
「元首」…国の代表は誰かを明記すること
「9条」…平和条項とともに自衛隊の規定を明記すること
「環境」…世界的規模の環境問題に対応する規定を明記すること
「家族」…国家・社会の基礎となる家族保護の規定を
「緊急事態」…大規模災害などに対応できる緊急事態対処の規定を
「96条」…憲法改正へ国民参加のための条件緩和(同会ホームページより)

Querelle
これに呼応して、緊急事態条項については安倍首相も次のように語っている。

「大規模な災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るため、国家そして国民自らが、どのような役割を果たしていくべきかを憲法にどのように位置付けるかについては、極めて重く大切な課題と考えております」

しかし、緊急事態といえる程の大災害といえば東日本大震災は掛け値無しに該当するであろうが、その時の教訓を考えてもらいたい。

あの時に、人権を停止して内閣が独裁的に振る舞えるような権限を手にして、何ができたのか。
少なくとも災害救援や被災者支援の現場からは、緊急事態条項が必要だったという話は出てこない。
むしろ、日頃からの備えこそが、大災害には必要である。

日頃からの備えとは、避難所と避難誘導の訓練とかももちろんだが、緊急事態に直面して管理者的な立場に立つ人たちがどう振る舞うかを、普段から見なおしておくべきということである。
管理者的な立場に立つ人たち、中央や地方の官僚がその典型だが、あの原発事故の際には情報隠しに汲々となり、政治家たちも信頼せず、独善的に、例えばアメリカには提出したSPEEDIのシミュレーション結果を隠し、その結果周辺住民は放射性物質が飛ぶ方向に避難させられた。
また、小なりといえども管理者的な立場に立つ人たちが誤ると大変なことになるという例は、大川小学校の悲劇を忘れることができない。
情報を持つ者が、その情報を明らかにせず、独善的な判断で人々を誤らせる悲劇はあってはならず、むしろ日常的に災害も視野に入れた情報の透明性確保に努めておくべきである。

そういうことが大事であるのに、緊急事態条項の導入というのは全く正反対の方向にあるように思われる。

また、家族の尊重ということで言うと、百地章氏は「個人の尊重と家族の保護。これを両方書くべきという考えなのです」と綺麗なことを言うが、それは結構なことだ。
しかし、夫婦別姓を選択できる制度には頑強に反対するのが日本会議である。
まず、夫婦が別々の性を名乗っただけで崩壊してしまう家族というのは、もともと崩壊していたのではないかという気がする。逆に、夫婦を中心とする家族の絆は、百地氏の言葉にもある「個人の尊重」と両方が大事であり、例えば固有の姓を互いに持ち続けたいという個人の考えを尊重しながら、家族の絆も強めていくことこそが、「個人の尊重と家族の保護」の両立の道というべきである。
それと、夫婦別姓もそうだが、百地氏のいう「家族」というのは、法律婚夫婦と嫡出子である子どもたち、そして同じく血のつながりのある先祖という範型に限られているように感じられる。しかし、家族のあり方はそんな範型におさまらない、多様な形態がありうる。
離婚や死別と再婚という場合は言うに及ばず、事実婚や同性婚、事実上の養親子関係、里親、その他のいわゆるステップファミリーなど、家族としての集団を形作っている人たちには多様な関係がありうる。そうした人たちの関係を排除することなく家族の保護を言うのであれば、それはまさに個人の尊重と家族の保護を両方追求することになるが、上記の範型にとらわれて、それ以外の多様性を排斥するのであれば、結局、家族の保護にもなりはしないのである。

そういうわけで、百地氏の説明する憲法改正の方向性には、全く共感できない。

ただ、それでも、日本会議がこれまで勢力を伸ばしてきた「民主的」なやり方は、もっと見習われるべきだろうなとは思う。

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