jugement:日本語ドメイン名の不正競争行為による発信者情報開示
発信者情報開示請求は、侵害情報の流通が要件となるが、その権利侵害が名誉毀損や著作権侵害だけでなく知財侵害も含まれることは当然だ。ただし、不正競争行為を根拠とするのは、比較的珍しいかもしれない。
著作権侵害も主張されているが、判決はそちらには触れなかった(し、実際にも原告の著作権侵害の主張はかなり怪しいものであった)ので、問題は不正競争行為の成否であり、関係する条文は不正競争防止法2条1項13号と2条9項である。
2条1項13号
不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的で、他人の特定商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章その他の商品又は役務を表示するものをいう。)と同一若しくは類似のドメイン名を使用する権利を取得し、若しくは保有し、又はそのドメイン名を使用する行為
2条9項
この法律において「ドメイン名」とは、インターネットにおいて、個々の電子計算機を識別するために割り当てられる番号、記号又は文字の組合せに対応する文字、番号、記号その他の符号又はこれらの結合をいう。
争点は不正競争行為と著作権侵害の二つが挙げられているが、判決は不正競争行為に該当することを認め、予備的ないし選択的な著作権侵害の主張を取り上げなかった。
その中で実質的な争点は日本語ドメイン名が上記の2条9号のドメイン名に当たるかという点と、本件で発信者の行為が不正利益または加害の目的といえるかという点。
前提として、Punycode変換を経てIPアドレスに対応される日本語ドメイン名は、それ自体としてドメイン名に該当しないというのが被告の主張だが、これに対して裁判所はほとんどスルーし、念のためという感じでなお書きに、以下のように判示している。
「ドメイン名」は同条9項に「インターネットにおいて,個々の電子計算機を識別するために割り当てられる番号,記号又は文字の組合せに対応する文字,番号,記号その他の符号又はこれらの結合をいう」ものと規定されている「個々の電子計算機を識別するために割り当てられる番号,記号又は文字の組合せ」とは,いわゆるIPアドレスを指している
本件日本語ドメイン名は,Punycode変換によって変換される本件ドメイン名を介してIPアドレスに対応しているのであるから,同条9項にいう「対応する」と解することは妨げられないというべきである。
裁判所が主要な争点と考えたのは、むしろ発信者の原告表示の使用の目的の点で、原告は「本件サイトが原告の商標を汚染し,原告の信用を損なう目的であった」と主張しているのに対して、被告は「原告製品を販売するために本件サイトを作成」したものだと主張している。
経緯は書かれていないが、この主張は発信者が回答したものなのであろう。
判決文が引用する本件サイトの説明は、確かに、原告商品を売ろうという意図は微塵もなく、誹謗中傷しているものに他ならないと評価できるものである(判決が切り取った部分に依拠した判断なので、それ以外の部分をあわせれば別の評価も可能かもしれないが、それは留保)。
これに基づいて、「本件サイトでは,原告製品に興味を持ち,その購入を検討しようとしてインターネットを利用してアクセスしてきた需要者に対し,ウェブページの随所において,需要者の購入意欲を損なうことを意図しているとしか考えられない内容の記載をしているのであり,また,その記載は,併せて製造者としての原告の信用を損なうことをも意図していると解さざるを得ない」として加害目的を認定した。
判決文を見る限り、当然の判断であろう。
かくして、侵害情報の流通を認めたわけである。
興味深いのは、ドメイン名の使用が不正競争行為として発信者情報開示にかかるという点だ。本来ドメイン名の登録者は、Whoisデータベースにて連絡先が明示され、その登録がサイバースクワッティング等の問題があると考えられる場合には別途ドメイン名紛争処理方針に従った権利救済が用意されている。
しかし、ドメイン名取得の過程に様々な代行業者が入り込み、本来のドメイン名登録者が明らかにならない場合が多くなってきており、それが今回のような発信者情報開示請求につながってきている。
問題は、ドメイン名の登録使用がそれ自体侵害情報の流通の要件を満たすとは限らないという点である。実質的に匿名性を保持してドメイン名を登録し、そのドメイン名を用いたサイトで他人の権利を侵害する情報を流通させた場合は、そのサイト上の表現自体が侵害情報になる。しかし、ドメイン名の登録使用自体では、通常、侵害情報の流通とは言い難い。
そのため、例えば典型的なサイバースクワッティングである他人の商標を登録して高値買取を要求する行為については、発信者情報開示請求は立たないということになる。侵害情報の流通がないからだ。ただしこの場合はそもそも発信者情報を保有している被告がホスティングないしアクセスプロバイダではなくレジストラやその代行業者ということになろうし、そもそも発信者概念が成り立たない可能性もあるし、高値買取を要求する段階で身元は明らかになるし、発信者情報開示を問題にする事例ではないのかもしれない。
今回のケースは、それとは違って、上記のような加害目的の表現が認定されていた。
その場合、不正競争行為になるためには、そのドメイン名の類似性だけではなく、不正利益または加害の目的として当該ドメイン名により表示されるサイト上の表現が原告の利益侵害につながっていることが認定されなければならない。その「表現」の違法性により、発信者情報開示請求の要件として要求されている「権利侵害情報の流通」が満たされることになる。
ただし、その表現の流通により権利が侵害されているというのが本来の構成となるはずなのに、あくまでドメイン名の使用が権利侵害であるとしている。そこをつなぐためか、「本件サイトに使用される本件ドメイン名の記載といった侵害情報の流通」という曖昧な表現を用いている。
この表現では、サイト上への本件ドメイン名が記載されていることをもって侵害情報だとしているのか、それとも単に本件ドメイン名の入力に応じてデータの送信をしていることを指しているのか、不明である。
そこを切り分けず、ドメイン名の使用とは「当該ドメイン名に基づく送信要求に対して行われるサイト内容の送信行為」全体を指すものと解して、不正競争行為になるドメイン名の使用をもって侵害情報の流通と解することにしたのであろう。
ともあれ、本判決が先例として機能するのは、すべてのサイバースクワッティング行為についてではなく、同一または類似のドメイン名により表示されるサイトで他人の権利を侵害する表現行為が行われている場合に限られる。
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