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2016/02/05

Colloque:表現の自由(1)

ポワチエ大学法学部で二日間にわたって開かれる「表現の自由」シンポ、法学部と言語学部との共同マスターコースである法と言語学科(master de juris-linguishe)のマスターの学生たちが企画運営するシンポであった。
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初日はポワチエ大学学長、ポワチエ市長、法学部長が顔を揃えて挨拶した。

近くのポワチエ控訴院前の広場では、おりしも労働組合がタイヤを積み上げて緊急事態の延長・強化に反対する集会を開いていた。これもまた表現の自由だ。

Les dilemmes de la Cour européenne face à la liberté d’expression
最初の登壇者Nicolas HERVIEU氏は、ヨーロッパ人権裁判所が表現の自由に関して直面するジレンマという題で、テロの脅威および非常事態の体制下で、表現の自由と警戒の必要性とのジレンマを説明する。民主主義も、手続としての民主主義概念のみならず実体としての民主主義の理念、すなわち反差別、人間の尊厳の尊重という観点からは、表現の自由との衝突に直面するという。

Liberté d’expression, un combat pour tous
次いでArnaud VARANNE氏が、ジャーナリストの立場から、万人のための闘争、表現の自由という題で、特にメディアの表現の自由が危機にさらされていることを強調し、表現の自由を守らなければならないと述べた。

Laliberté d’expression, nécessaire à l’avocat est-elle une expression libre?
三番目、Jean-Philippe LACHAUME弁護士の報告。弁護士にとっての表現の自由の限界は、宣誓にて表明しているような、法律尊重義務のほか、職業上の守秘義務により制約があるというお話。フランスでは懲戒事例の70%が守秘義務違反だということだそうである。

La Censure
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午後は、まず哲学のJean-françois CHAZERAN教授が、検閲について。
自由、平等、博愛、そして非宗教という共和国の理念を掲げ、自由、平等、博愛には「みんないいよね、だけど非宗教には大きな問題があるよね」という。当然ながら非宗教laïcité は特定のグループの宗教表現を禁止することになっているからだ。そして大学の先生の立場、あるいは公務員の立場からも、個人の自由と非宗教との衝突に苦慮する場面が多くなるという。
もっとも、公務員の立場と表現の自由については、会場から、むしろ公務員の方が自由を多く享受できているのではないかというツッコミも入り、何人もの公務員教員が賛否を述べ始めた。

De la nécessité du blasphème dans une société démocratique
一日目個別報告の最後は、悪態の自由、民主主義社会における悪態の必要性について、リモージュ大学のEmilie CHEVALIER先生が報告された。
宗教的な悪態の禁止は市民革命により廃止されたが、近時はイスラム圏より、名誉毀損の一つとして国際的に禁止しようという議論もある。宗教的な理由からの保護に続き、人種差別という論拠もある。insulte(侮辱)、injure(罵り)が自由な表現行為か、それとも特定の集団を対象とするときに差別になるのかは微妙な問題である。さらに話は広がり、宗教、特にキリスト教のパロディが問題となり、裁判で有罪となった事例もある。そしてCharlie Hebdoも、この文脈で問題となる。

一日目はこれで終了。

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