arret:一部訴訟救助に合わせて請求減縮した場合の訴額算定と訴えの適法性
事案は、死刑確定囚が郵便についてされた不許可を違法として慰謝料請求する国賠請求事件で、300万円を請求して訴訟救助も求めたところ、50万円までは「勝訴の見込みがないとはいえない」として救助が認められ、その他は救助されないこととなったので、救助対象以外の250万円部分についての訴え提起の手数料15000円について納付するよう補正命令が出された。
注)訴訟救助とは資力のない者に訴え提起の手数料などを立て替えることをいう。その要件は資力のほか、「勝訴の見込みがないとはいえない」ことが必要である。
そこで原告は訴訟救助が認められた額の50万円に請求を縮減する「訴状訂正申立書」を提出した。
これで250万円に相当する部分の手数料は納めなくてよくなったと考えたわけだが、一審裁判所は請求を縮減しても補正命令で命じられた手数料納付にはならないので、訴えは不適法だとして、140条に基づく却下判決を下した。つまり、口頭弁論を開かずに却下したわけである。
控訴審では、原告の意思を合理的に解釈して、「本件訴えの請求金額は,本件訴状が提出された時ではなく,本件訂正申立書が提出された時に50万円に確定したというべきであるから,本件補正命令は違法」とし、一審に差し戻した。
国が上告。
最高裁は、以下のように判示して、訴額が50万円になると認め、上告を棄却した。つまり、一審差戻しの高裁判決を是認した。
金銭債権の支払を請求する訴えの提起時にされた訴訟上の救助の申立てに対し,当該債権の数量的な一部について勝訴の見込みがないとはいえないことを理由として,その部分に対応する訴え提起の手数料につき訴訟上の救助を付与する決定が確定した場合において,請求が上記数量的な一部に減縮されたときは,訴え提起の手数料が納付されていないことを理由に減縮後の請求に係る訴えを却下することは許されないと解すべきである。
以上が結論命題として示され、以下は、その理由命題として示されているが、理論構成は理由命題の中の「そうすると」の部分にある。
「一部救助決定」は,当該債権の数量的な一部に限ってではあるものの,正当な権利を有する可能性がありながら無資力のために十分な保護を受けられない者を社会政策的な観点から救済するという訴訟上の救助の制度趣旨に沿うものといえる。そうすると,訴え提起時にされた訴訟上の救助の申立てに対する一部救助決定には,勝訴の見込みがないとはいえないとされた数量的な一部に請求が減縮された場合,これに対応する訴え提起の手数料全額の支払を猶予し,その結果,訴え提起時の請求に対応するその余の訴え提起の手数料の納付がされなくても,減縮後の請求に係る訴えを適法とする趣旨が含まれるものというべきである。
このように解しないと,上記のとおり請求が減縮された場合であっても,一部救助決定をした裁判所は,勝訴の見込みがないとされた部分を含む訴え提起時の請求に対応する訴え提起の手数料が納付されない限り,減縮後の請求に係る訴えをも不適法であると判断せざるを得ないこととなり,そもそも一部救助決定をすることを認めた訴訟上の救助の制度趣旨に反することとなる。
さて、この判決、当事者の訴え提起の機会を実質的に保障するという点で極めて柔軟かつ積極的な立場に立っており、その点で極めて評価に値する。
しかし、判決文中で本件事案に適切でないと切って捨てられている最高裁昭和43年(オ)第302号同47年12月26日第三小法廷判決・判例時報722号62頁では、大要以下のような判断がされていた。
訴額の算定は、訴提起の時を基準とすべきであるから、上告人がその後に請求の減縮をしたとしても、所論のように当初に貼用すべき印紙額がそれに応じて減額されるものではない。
この先例では、結構複雑な経緯をたどったもので、調停などが入っているが、ともかくも印紙額が不足しているとの理由で訴え却下された場合に、その後に請求を縮減したケースである。本件のように一部訴訟救助があったケースでもなければ、訴え提起後に救助決定とともに「訴状訂正」として請求の縮減をしたケースでもない。
そして、本判決は、一部救助決定があったケースで、「勝訴の見込みがないとはいえないとされた数量的な一部に請求が減縮されたこと」を条件として、その一部救助決定には、縮減後の訴額に対応する訴え提起の手数料全額の支払を猶予し、訴え提起時の請求に対応するその余の訴え提起の手数料の納付がされなくても減縮後の請求に係る訴えを適法とする趣旨が含まれると解釈するのである。
救助決定が、訴えを提起法とする趣旨を含むというのは日本語としても成り立っているようには思えないのだが、一部救助決定があり、これに応じてその一部に請求額を縮減した場合には、その縮減後の請求額をもって訴額算定の基礎とするという規範を立てたものと解釈できる。
その理由は、「正当な権利を有する可能性がありながら無資力のために十分な保護を受けられない者を社会政策的な観点から救済するという訴訟上の救助の制度趣旨」に照らして、一部訴訟救助決定が認められた場合に訴え提起の機会を実質的に保障するように解釈するべきだという点にある。
訴え提起の手数料と、その訴額算定、そして訴訟救助と、およそ大きな解釈論点とはいえないような部分だが、当事者の訴えを提起する権利の保障という意味では極めて重要な仕組みであり、したがって本判決の意義も極めて大きいというべきである。
昨今の裁判所の姿勢を反映しているようにも思えて、明るい法律の話題でもある。
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コメント
いつも読ませていただいております。
民事訴訟法140条を調べていて、驚いたことがあったので、こちらに書かせていただきます。民訴140条の「口頭弁論を経ない却下判決」なんて、ほとんど発生しないし、コメンタールでも判例がほとんど載っていないと思っておりましたが、行政訴訟で次のような判決があったのですね。
H19.6.29東京地裁判決H19(行ウ)220
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail5?id=35716
控訴審H19.12.19東京高裁判決H19(行コ)247
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail5?id=36667
口頭弁論も開かず証拠調べもしないのに、裁判所が次々に事実認定を行い、訴えを却下しています。いくら訴訟要件が職権調査事項で職権探知主義があるといっても、法廷を開かず、法廷に出されない事実で判決を出すというのは、「公平な第三者」という裁判所への信頼を損なうだけのような気がします。
論文のネタにでもどうぞ。
投稿: こんにちは | 2016/03/19 00:38