Pays-Bas:抗議活動はご自由にという判決
こちらで紹介されているのは、北極海での石油掘削を始めようとしているロイヤル・ダッチ・シェルに対して、万一メキシコ湾のような事故が起これば北極海が死ぬということで阻止のための抗議活動をしている団体がイギリスやオランダでガソリンスタンドを封鎖する行動に出ていて、シェル社がその差止めをオランダの裁判所に訴えたところ、差止請求が棄却されたというのである。
団体はご存知グリーンピースであり、抗議行動は御多分にもれず、かなり過激。下記の抗議行動ビデオを見ると、多くの日本人は引くというか、むしろクジラのことを思い出して反感すら覚えるかもしれない。
日本の裁判所なら、営業の実力をもっての阻止に及ぶ抗議活動が差止めの対象となれば、請求棄却などは全く考えられないだろうし、普通に威力業務妨害として刑事的にも抑圧されると思ってしまう。
デモ行進ですら、よくて暇人扱い、悪けりゃ迷惑行動と非難されたりするのが日本社会なので、大多数の人々はそういう反応かもしれない。
しかし、表現の自由、政治活動の自由を尊重するかどうかという観点では、このような日本的常識は特異なものであり、早い話がグローバル・スタンダードからは劣っていると言わざるをえない。
保守的な考えの皆さんの大好きなアメリカですら、集団的示威活動は正当な政治活動であるし、ウォール街占拠という出来事も記憶に新しく、あるいは日本人には苦い記憶だが、日本車打ち壊しデモみたいなのを国会議員自ら先頭に立って行う。
ヨーロッパがデモとストの巣窟であることは、もはや言うまでもあるまい。
ちなみに、日本の裁判所も、抗議活動が行き過ぎて相手に怪我をさせ、傷害罪で起訴されたケースにおいて、正当な抗議活動だということで罪に問わなかった事例が存在する。
歴史的に著名なチッソ川本事件東京高裁判決である。→東京高判昭和52年6月14日高刑 30巻3号341頁、判タ348号178頁
ここでは、公害により極めて多数の人々の健康被害を引き起こしておきながら訴追されない企業側と、抗議活動の過程で偶発的に生じた傷害事件について訴追された被告人側との不公平な取り扱いを差別と捉え、起訴することが公訴権濫用だとして公訴を棄却したのである。
一審は傷害罪で罰金刑の有罪判決が出されていたが、控訴審がこのように判断して取消自判した。
この判断は、最高裁が内容的に是認するところにはならなかったが、これを取り消さないと著しく正義に反するとはいえないとして、上告も棄却されている。→最決昭和55年12月17日刑集34巻7号672頁
オランダの裁判所が認めたと伝えられているところと川本事件判決とは、事実の内容も判断の内容もかなりの懸隔があるが、公害に対する抗議活動と環境破壊に対する抗議活動とは共通するものがあり、その活動の公益性と他の利益との調整という構図は一致している。日本にもかつてそのような利益対立をまともに受け止めて判断した裁判官がいたということは、是非とも記憶しておくべきだ。
そして、日本社会は、国家や政府の活動に対して私人が我慢を強いられることには物凄く肯定的なのに対して、私人の公益的な活動に対して他の私人の我慢を要求することには物凄く否定的という傾向があるようだが、そのことを反省する契機に多少なりともなれば良いと思うのだ。
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