constitution:憲法が現実に機能している現場
憲法というのは、主権者が為政者に対して権力行使を付託する際に、その可能な範囲を規定するという意義がある。
従って、為政者たる政府が実行したいと考えても出来ないという場面にこそ、憲法が現実に機能していると評価することができる。それは、国民の多くが望むことでも憲法が許さないからできないということにもなる。多数の暴力を防ぐことも、憲法を含む法一般の役割だからだ。
その意味で、日本人の人質が殺害された状況下で、復讐のために軍隊を送って報復攻撃を加えるということが憲法9条によってできないと言われる現在は、まさに憲法9条が戦争を防ぐという機能を現実化しているということができる。
憲法9条のような、一つの紙に書かれた文言によって、国家の行為など左右されないという思いを、9条肯定派も反対派も抱いてきた。肯定派からすれば、自衛隊の存在そのものが9条に違反する存在で、憲法の死文化を嘆き続けることになる。反対派からも、9条は空想的平和主義で現実には適合しないから、憲法に書いていない自衛隊を創設増強してきたということになる。
確かに文言からの現実の乖離は、甚だしい。
しかしだからといって9条が空文に帰しているとはいえないことを、今、私達は目の当たりにしているわけだ。
最近話題の産経抄なるコラムでは、ヨルダンは復讐に攻撃しているのに日本はなぜしないのかという反応を紹介し、かたきを討つことの必要やならず者集団を放置したら日本人が危険になると述べて、日本人の生命を守れないのが憲法のせいなら、そんな憲法はいらないと結んでいる。
「かたきを討ってやるぞ」というのは、確かに我々の素朴な感情に訴えかけるものがある。しかし、その素朴な感情は、要するにやられたらやり返せという話であり、暴力と復讐の連鎖を肯定することにほかならない。「人間として当たり前」というのはむき出しの感情のレベルの話であり、それを現実のものにすることが妥当かどうかとは全く別の話だ。
少なくとも近代社会は、そうした素朴な感情を制限し克服することを旨としてきた。仇討ちは人間として当然なんてのは、前近代的そのものだし、人間の規範意識の成長段階で言えば幼稚園児から小学校低学年の段階で克服すべきレベルだ。
そして憲法9条は、国家の行為として、このような素朴な感情にまかせた軽挙妄動を防止するという現実の機能を、今、まさに果たしているところである。
もちろん9条があるだけで国家の軽挙妄動が防がれているわけではない。
9条の存在を前提に、日本に対する直接的な武力攻撃に対処する最小限の自衛力を備えることだけが許されるとの解釈で、保有する軍隊や軍事力もそのようなレベルに留める政策を、曲がりながらもとってきたこと、集団的自衛権の名の下に他国の侵略行為に軍事的な参加をすることは出来ませんと宣言し、また実践してきたという積み重ね、「金だけか」「ブーツを見せろ」とかいう西部劇まがいの挑発に耐え続けた戦後の歴史、それらは9条の規範を前提にしてきたし、その積み重ねが現在の軽挙妄動、感情にまかせた反射的な報復を選択肢から排除している。
こう考えると、憲法9条にノーベル平和賞を、というのも理由のないことではないと、改めて思う。
ところが、憲法9条の文言は変えなくとも、そのこれまでの解釈(個別的自衛権のために必要最小限の軍事力しか保有せず)を変えてしまい、邦人保護を口実に海外派兵の余地を拡大し、紛争地域かどうかにかかわらず自衛隊を送ることを認めるならば、当然、そのための装備は必要となり、また攻撃される可能性は現実のものとなるから反撃することも現実のものとなり、他国での戦闘経験と能力を備えた軍隊に成長すれば、上記の積み重ねにより戦争に巻き込まれないという効果はどんどん失われていく。
そのような経験と能力を備え、また日本はやるときはやるという評判も獲得していけば、次にアメリカが武力攻撃をしたいと考えて有志連合を募る機会があれば、「当然お前も参加するよな」と言ってくることは必定だし、現政権はそう言われて参加するのをためらうような発想ではないであろう。
ましてや、日本人が何人も殺されて世間が復讐心に燃え上がれば、これに反対するのは難しかろう。
今は、上記の9条を前提とする積み重ねがまだ効いているから戦争が防がれているが、その積み重ねの政策を徐々にでも掘り崩していけば、簡単に戦争をする国になってしまうというのは、杞憂とは言いがたい。
現在直面しているISILの残虐行為に報復したいという産経抄レベルの感情論を前提しても、じゃあ今現在の状況下で、日本の自衛隊が空爆に加わるのが取るべき道なのか、爆弾を自ら落とさないまでもヨルダンに爆弾等を供与したり、後方支援と称して燃え盛る戦闘地域で攻撃部隊への給油を行ったり、そうしたことができるようになりたいかどうか。
立ち止まって、その爆弾を落とす先の人々の顔や、派遣される自衛官とその家族のことも思い浮かべつつ、よく考えてみよう。
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