archive:国立公文書館・罪と罰特別展
国立公文書館にて、江戸時代の罪と罰と題する特別展が開かれていたので、行ってきた。
大変興味深いものであった。
将軍吉宗の下で編纂された公事方御定書自体はないのだが、その内容を記した棠蔭秘鑑の展示から始まっていた。
「知らしむべからず、拠らしむべし」というのは、権力者が過去から現在まで好む統治手法であるが、公事方御定書がまさにそれで、幕府上層部しか閲覧権限がない秘法であった。しかしそれでは裁判ができんではないかということで、その内容を写本にしたのが棠蔭秘鑑。この棠蔭秘鑑から展示が始まっていた。
ちなみに、秘法とする理由だが、ルールを公開すると、そのルールの裏をかく不届き者が現れるからという説明がなされていた。
この考え方、現代でも広く行き渡っている発想だ。
これと対極に立つのが罪刑法定主義というわけだが、往々にして世間では罪刑法定主義が理解されず、法の抜け穴などと行って法律に直接規定されていないことでも罰するべきだという発想が頭をもたげる。警察はもちろん、検察も、そして裁判官までもが、同様の発想にとらわれるのを目の当たりにすると、世間では決して罪刑法定主義は受け入れられないのであろうなぁと思う。
興味深いことに、棠蔭秘鑑自体も非公開の法令であったので、アクセス権限がある者の中で内容を書き写し、役人の間で普及した。これが青標紙という書物。
しかしこれは、公事方御定書の内容が書かれていたことで、作成者が処罰され、回収されてしまった。にも関わらず、回収漏れが役人の間で広く使われていたという。
特定秘密保護法の施行を思い出さざるを得なかった。
板倉政要記というのが、京都所司代の板倉勝重(1601年-1619年)と板倉重宗(1619年-1654年)親子の裁判を記した書物である。
この中には、酒を飲み過ぎた場合に、酒を強く勧めた店の責任を問うという話も出てくる。酒に酔って前後不覚になった者が脇差しを振り回し、通行人に怪我をさせたので、捕縛し、その者に酒を強く勧めた酒屋の主人も処罰したというわけである。
また井原西鶴も板倉所司代の業績を小説風にまとめていたのだが、その中に出てくる話では、お椀を売る者が泥棒に襲われたので、助けを求めて捕まえようとしたところ、その泥棒がお椀売を泥棒だと名指ししたという。
助けに駆けつけた者も、それから板倉周防守も、どちらが泥棒なのか、お椀の本来の持ち主がわからない。
周防守は、椀のセットをバラバラにして、もとのセットの組合せに復元せよと二人に命じ、早くできたほうが本当の椀の持ち主だと見抜いたというのである。
なんとなく、今こうやって書いてみると大したことでもない気がしてきたが、拷問に頼るよりはましかもしれないし、子どもを切断するふりをして真実の親を探しだす逸話よりはましである。
さらに、諺芥集というのも、板倉所司代の逸話であり、博打の横行に頭をいためた所司代が、禁令を出しても破るものが多いので、博打に負けた者が負けた金を所司代の手で取り戻してやることにしたところ、めでたく博打は少なくなったという話が出ている。
不法原因給付も、やっぱり取り戻してやれば、その不法な行為が無くなって良いのではないかと思わせる。
諺芥集にはさらに、スリの横行に困った板倉所司代が、スリに紫ずきんを強制的にかぶせて、そのスリ行為の防止に至ったというのであるが、スリがおとなしく頭巾をかぶっているのかと突っ込みどころ満載な感じがあった。
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