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2014/11/15

体制転換と法研究会:ロシアの検事による民事裁判への関与

ロシア連邦の検事には、民事裁判への関与権限がある。

かつてのソ連邦では、民事裁判所への監督権限が認められていたのだが、ソ連崩壊後、監督権そのものではなくなったが、実質的には監督権限が残っているという。

北星学園大学の篠田優教授による研究会報告で勉強した。

ご報告は細かい規定に及んでいたのだが、理解できたところをまとめると、ロシアの民事訴訟制度には一審、控訴審、破棄審に加えて、監督審という法律審が存在する。ソ連時代は、この監督審に検事がいつでも異議申立てして審理を求めることができた。

しかし今では、原則として当事者に監督審への異議申立て権が認められている。検事は原裁判に参加していた時のみ、異議申立て権が認められている。
その検事参加が可能な場合とは、当事者自身に訴え提起を困難とするハンデ等がある場合や社会権的な保障に関わる訴訟では検事が当事者の求めに応じて当事者とほぼ同様な権限を有する参加人となれるし、家事事件に相当する領域では法定の参加人となりうる。これらの場合に参加していた検事は、監督審に異議申立てが可能となったというわけである。

検事が、本来なら確定する段階である破棄審(上告審)判決に、介入してその取消を求めることができるという制度は、一見極めて不当で、司法権の独立を蔑ろにするものと位置づけられやすい。
で、実際ソ連時代の検事監督は、共産党の指導の下で裁判への介入をしたのであるから、そのようなものであったというべきであろう。というよりむしろ権力分立ではないのであるから当然であった。
それが権力分立を受け入れた段階でなお残存しているというのが報告趣旨であったようだが、実態としてどのように運用されているのか、検事が参加して判決に異議申立ても可能だとしても、その趣旨が法的正当性を確保するためだったり、建前として取られている「市民の権利および自由の保障のための監督」だとすると、必ずしも問題があるとは決めつけられない。
また、監督審裁判所の構成にもよるであろう。

そもそも裁判所の判決に、裁判所以外の機関が判断をオーバーライドするような制度は、日本でこそ考えられないが、これは逆に日本が特殊ということもできる。
例えばアメリカでは、州裁判所の最上級審の判断も連邦最高裁が審査することができる。
ヨーロッパでも、EUの司法裁判所や人権裁判所は、国内裁判所の上にあって監督機関として機能する。
国内的にも、フランスのように民刑の通常裁判所に対して破毀院が法解釈の見解を述べたり、憲法院が憲法違反かどうかの判断を先行して下すことになっている。
確定した判決を覆すというのとは随分違うが、憲法院などは人的構成としてむしろ政治権力といったほうが正しい。

そういうわけで、司法権=裁判所の独立性の問題は、日本的な常識で見ると外国の制度は奇妙にも思えるのだが、逆に奇妙なのは日本の方なのかもしれない。
独立しすぎた司法権は、その民主的正統性をどこから調達しているのか、よく分からないところである。

なお、司法権が多数決民主主義に全面的に従う必要があると言っているわけではない。しかし民主主義と全く無縁のところにあって良いというわけでもないことは、多言を要しない。多数の暴力に対して少数者の法的権利・人権を守るのが司法の役割だから、むしろ反民主主義的であるべきだという人がいるが、その司法が少数者の権利を擁護するとアプリオリに期待できるわけではない。

難問である。

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