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2014/05/29

law:心証の雪崩現象

裁判官が時々書いているのに、心証の雪崩現象というのがある。
争われている事件で、当初は双方の証拠がいずれもそれぞれの主張を支持するのにもっともらしいように思えて、いずれが正しいとも判断できないが、一旦いずれかに心証が傾くと、反対方向の証拠の解釈や信用性評価が変わり、一挙に確信へと心証が形成されていくというのである。

卑近なところでは、よくできたミステリーを読む時にも似たような過程がある。
ミステリーの場合は作者がそのように配置した諸事実であるから、結末が分かればそれまでの謎が一挙に解けるのは当然だし、両義的な証拠の解釈が結末にあわせて決まるというのも当然だ。

遠隔操作事件でわれわれ外野が今味わっているのも、そういうことかもしれない。
片山さんが保釈され、墓穴を掘る行動により自白に転じた後にあっては、それまで彼の無実を示すものと考えられたり、少なくとも重大な疑問点とされていた様々な事実・証拠が、一転、彼の犯行を示すものとして解釈し直されている。

後知恵の力と言ってもいい。

しかし現実はミステリーと違って、結論を作った作者がわざと謎を散りばめたわけではない。よく出来たミステリ小説の登場人物とは異なり、矛盾に満ちた行動をとるのが人間である。

また、ミステリのお作法通り、必要な事実が示されるわけでもない。
従って、片山さんが自白に転じたことを除けば、今でも彼の犯人性について疑問の余地があるということは考えられる。にもかかわらず、自白に転じた事実を除外して考えることができないから、あらゆる証拠・事実から疑問の余地なく片山さんが犯人だと考えて安んじることになる。
仮に保釈後の行動と自白とを考慮に入れない約束をして事実と証拠を再検討したとしても、上記のような再解釈による心証の雪崩現象の影響を消し去るのは難しい。

ミステリなら、結論に合致しない、合理的解釈もできない事実が書かれていると、小説としての出来が悪いということになるが、現実では作者(神?)に文句をいうわけにはいかず、結局無理やり結論に結びつく強引な解釈をしたり、別の事実を想像で補って合理的解釈可能な位置づけをしたりする。

これは、自白調書の存在に依存して事実・証拠を曲解してしまい、無実の被告人を有罪と確信してしまう裁判官の心理と同様である。
裁判官は事実認定のプロであり、証拠法に基づいて排除された証拠を考慮しないで事実認定をすることができると言われているが、果たしてどうか? 自白の存在を知り、それを前提とする再評価を他の証拠・事実に対して施して有罪の心証を固め、その心証に合致する自白調書には信用性が認められるとのトートロジーに陥いる可能性は否定出来ない。

そして過去の冤罪事件においても、事実審理をして有罪の判決を下した裁判官たちの判決文には、逆方向の後知恵だが、トートロジーや強引な解釈、想像で補った証拠評価が見られる。

結局、刑事裁判は、誤審を根絶することはできない。ましてや裁判員をや。
そして直接証拠を見て審理に立ち会うわけではない外野では、犯人と決め付けることも、無実と信じることも、常に一定の留保が付きまとわざるをえない。

ただし、だからといって外野は一切口を出すなということにもならないのであって、裁判の公開が憲法上の原則とされている所以は、不完全な情報環境の下でも外野が議論と監視を尽くすことを期待して、裁判の公正を図ろうとするものである。そのような議論と監視の余地を、「証拠も見ないで何が言えるか」という論法で否定してしまうのは、秘密裁判で好き勝手やりたい権力者を利することになる。

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