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2013/08/20

Big-dataとビッグブラザー

今日のお仕事の予習のため、ビッグデータ+ビッグブラザーでググってみた。

Google様は、特に検閲をすることもなく、結果を返してくれた。

ビッグブラザーとビッグデータの出会い

ウォール・ストリート・ジャーナルのこの記事は、アメリカ国家安全保障局(NSA)が通話やインターネット通信の情報収集を行っていたことの露見をきっかけに、ジョージ・オーウェル1984のビッグブラザーを引き合いに出し、習近平を出迎えようとしているタイミングのオバマ大統領がさぞ困惑したであろうと皮肉っている。

オバマ大統領は、習近平国家主席と会談する直前だったため、相当当惑したことだろう。会談では、中国のサイバースパイが話題となる公算が大きかったからだ。「目くそ鼻くそを笑う」を中国語でどう言うのか知らないが、もちろん、習主席はもっと洗練された表現を使うことだろう。

そもそも英語で「目くそ鼻くそを笑う」というのはなんていうのかも知らないが、この皮肉はとても心に染み入る。

Google様は、ウォール・ストリート・ジャーナルの他に、ビデオニュース・ドットコムで菅原出という人が例のスノーデン事件を取り上げて次のように言っているのをトップで教えてくれた。

元CIA職員のエドワード・スノーデン氏が内部告発したアメリカ政府による諜報活動の実態は、世界に「そこまでやるのか」の驚きをもたらすと同時に、まさにビッグデータ時代にどのような情報収集が可能になってしまったかを如実に示すものとなった。

今回明らかになった「プリズム」などの情報収集・市民監視システムは、国家による個人情報の収集管理が秘密裏に進められている点などが、ジョージ・オーウェルの未来小説『1984年』に登場する支配者ビッグ・ブラザーを彷彿とさせる。

面白いところでは、ITプロの「データ・マイニングは「ビッグ・ブラザー」か,それとも「ビッグ・ビジネス」か?」と題する記事だ。

データマイニング、テキストでは収まらないので、データというしかないが、データの金鉱を掘ることで得られる成果は、まさしくビッグブラザーが泣いて喜ぶ個人の生活記録の山である。ブライアン・モランのこのコラムは、それ自体他の記事の紹介と感想なのだが、ワシントン・ポスト、USAトゥデイなどが取り上げている現象から興味深いものとして、マイクロソフトのホットメール利用データ分析を次のように紹介している。

マイクロソフトは電子メールを参照している時間などを調べているほか、ユーザーが登録したZIPコード(郵便番号)から想定される所得水準などを組み合わせて分析しているのだという。記事によるとMicrosoftは、「バレンタイン・デーの昼食時にメールをチェックをする高所得の30~40才の男性に薔薇の花のクーポンを届けるためなら、花屋は割増料金を払うということを知っている」

ちなみにこの記事の日付は2006年であることを注意すべきだ。マイクロソフトが落ち目であるという知見はまだ現実のものとはなっていなかった時代であり、今この記事のようなことを書きたければ、真っ先に出てくるのはGoogleであろうし、ホットメールなんてみんなが忘れているメールレーベルではなくてgmailのことを思い浮かべるだろう。
Googleが様々なサービスにおける個人情報の名寄せを行う(一元的に取り扱う=横串利用をする)ことを宣言したのも、随分前のことだが、2006年よりは後であろう。

さてGoogle様の検索はさらに面白いページを提案してくれる。
ビッグデータ、ビッグブラザーと題するエントリは、Yahoo!ブログに掲載されているという点でも、またその記事に出てくるターゲティング広告が「Yahoo!ブログを書いてTポイントをもらおう」というものである点でも、皮肉がきいているというのかどっぷり浸かっているというのか迷うところだが、ともあれこのブロガーは、次のような事象を取り上げている。
・JR東日本のハイテク自販機
・携帯電話の位置情報通知
・GPSによる位置情報把握
・SuicaやETCによる行動履歴記録
・ブログやメールのテキストマイニングによるターゲティング広告

これらはジョージ・オーウェルの描く世界に限りなく近いが、筆者は、個人情報保護に五月蝿い左利きの連中も騒がないのは、そこまで頭が回っていないのか、と締めている。
お利口さんの臭みを我慢して読むなら、まあ事実ではある。

Google様の提供する情報は、まだまだ沢山あるが、ともかくビッグブラザーとビッグデータという言葉が組み合わせで使われることは、目新しいことでもコロンブスの卵でもなく、ありふれていることはわかった。

そうそう、肝心なことを書き忘れていた。
冒頭に出てきた記事では、スノーデン氏の暴露内容とか、あるいはアメリカ国家安全保障局がデータ収集していたということとかに、一様に驚いて見せて、「そこまでやるかという内容」とか書いているわけだが、これは実にわざとらしい。驚いてみせるというのがお約束なのであろうか?
危機を煽るには、まず自分が恐怖におののいて見せないとならないということか?

ちょっとググったら出てくる事実、オバマの選挙戦術でビッグデータがフル活用された事実、あるいはもう忘れられたかもしれないけど、エシュロンと入力すればででくる事実、さらには日本でもNシステムに代表される公然たるデータ収集蓄積分析による治安維持活動の存在を、まるで全然知らない子どもの振りをするのが、とりあえずのお約束なのであろうか?

現実は現実として、それに対する規範的評価やコントロールの試みは模索するとしても、その現実の中でどう生きるのかということを考えるしかなさそうに思うのだが。わざとらしく驚いて見せても事実は変わらないし、過大に見積もっても過小評価しても、いずれもいいことはない。

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