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2013/04/02

arret:子の面会交流と間接強制

離婚後に、子どもと離れて暮らす親が子どもとの面会交流を求めることについては、民法改正で規定が設けられるなど、その権利性が強まっているが、そのことを他方の親(現に監護している親=監護親)に強制できるかどうかは、また別の問題かもしれない。
その強制方法について明らかにした最高裁決定が出された。

(1) 最決平成25年3月28日(平成24(許)47号)決定全文PDF
(2) 最決平成25年3月28日(平成24(許)48号)決定全文PDF
(3) 最決平成25年3月28日(平成24(許)41号)決定全文PDF

いずれも第一小法廷の三つの裁判例のうち、結論は(1)と(3)が間接強制を認めず、(2)が間接強制を認めている。
(1)決定は、仙台高裁の間接強制申立て却下という原決定を是認して抗告を棄却、つまり間接強制を認めなかった。
(2)決定は、札幌高裁の間接強制申立て認容という原決定を是認して抗告棄却、つまり間接強制を認めた。(3)決定は、高松高裁の間接強制申立て却下という原決定を是認して抗告を棄却、つまり間接強制を認めなかった。

このうち(2)決定と(3)決定は面会交流を命じた審判に従わなかった場合で、間接強制の可否について結論を分けている。(1)決定は調停調書に定めた面会交流を履行しなかった場合である。

一般論の部分は、各決定ともほぼ同様である。以下に共通する部分を抜き出してみよう。以下は私の手が入っているので、正確には原文を参照されたい。

 子を監護している親(監護親)と子を監護していない親(非監護親)との間で、非監護親と子との面会交流について定める場合、子の利益が最も優先して考慮されるべきであり(民法766条1項参照)、面会交流は、柔軟に対応することができる条項に基づき、監護親と非監護親の協力の下で実施されることが望ましい。  一方、給付の意思が表示された調停調書の記載および給付を命じる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。  監護親と非監護親との間における非監護親と子との面会交流についての定めまたはこれを命じる審判の条項は、少なくとも、監護親が、引渡場所において非監護親に対して子を引き渡し、非監護親と子との面会交流の間、これを妨害しないなどの給付を内容とするものが一般である。  そのような給付については、性質上、間接強制をすることができないものではない。  したがって、非監護親と監護親との間で非監護親と子が面会交流をすることを定める調停が成立した場合の調停調書に、あるいは監護親に対し非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判において、面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法等が具体的に定められているなど監護親がすべき給付の特定に欠けるところがないといえるときは、間接強制を許さない旨の合意が存在するなどの特段の事情がない限り、調停調書または審判に基づき監護親に対し間接強制決定をすることができると解するのが相当である。

この一般論で重要なことは、調停調書または審判が面会交流を定めるに際して、「面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法等が具体的に定められているなど監護親がすべき給付の特定に欠けるところがないといえるとき」には、間接強制が許されるというものである。

間接強制を認めた札幌の事件では、間接強制金が不履行1回につき5万円と定められていたが、その点は最高裁の判断というわけではない。間接強制金がいくらかというのは、事案に応じて実効性担保を旨として決定されるものであり、不履行の罰金や損害賠償とは趣旨を異にする。この点が独り歩きしないように願いたい。
また5万円を払えば履行しなくて良いという規範を立てることにはつながらない。履行確保に不十分なら、もっと高額に定めることもできるし、将来に向けて変更も可能である。

さて、具体的事案で結論を分けたのは以下の点である。([]は引用者、マル付き数字は[]数字に変換)
(1)決定

本件調停条項アは,面会交流の頻度について「2箇月に1回程度」とし,各回の面会交流時間の長さも,「半日程度(原則として午前11時から午後5時まで)」としつつも,「最初は1時間程度から始めることとし,長男の様子を見ながら徐々に時間を延ばすこととする。」とするなど,それらを必ずしも特定していない[中略]

調停条項イにおいて,「面接交渉の具体的な日時,場所,方法等は,子の福祉に慎重に配慮して,抗告人と相手方間で協議して定める。」としている[中略]

[この二点に照らすと]本件調停調書は,抗告人と長男との面会交流の大枠を定め,その具体的な内容は,抗告人と相手方との協議で定めることを予定しているものといえる。そうすると,本件調停調書においては,相手方がすべき給付が十分に特定されているとはいえない

(2)決定

[面会交流]要領には,[1]面会交流の日程等について,月1回,毎月第2土曜日の午前10時から午後4時ま゙とし,場所は,長女の福祉を考慮して相手方自宅以外の相手方が定めた場所とすること,[2]面会交流の方法として,長女の受渡場所は,抗告人自宅以外の場所とし,当事者間で協議して定めるが,協議が調わないときは,JR甲駅東口改札付近とすること,抗告人は,面会交流開始時に,受渡場所において長女を相手方に引き渡し,相手方は,面会交流終了時に,受渡場所において長女を抗告人に引き渡すこと,抗告人は,長女を引き渡す場面のほかは,相手方と長女の面会交流には立ち会わないこと,[3]長女の病気などやむを得ない事情により上記[1]の日程で面会交流を実施できない場合は,相手方と抗告人は,長女の福祉を考慮して代替日を決めること,[4]抗告人は,相手方が長女の入学式,卒業式,運動会等の学校行事(父兄参観日を除く。)に参列することを妨げてはならないことなどが定められていた。[中略]

本件要領は,面会交流の日時,各回の面会交流時間の長さ及び子の引渡しの方法の定めにより抗告人がすべき給付の特定に欠けるところはないといえるから,本件審判に基づき間接強制決定をすることができる。

(3)決定

本件条項は,1箇月に2回,土曜日又は日曜日に面会交流をするものとし,また,1回につき6時間面会交流をするとして,面会交流の頻度や各回の面会交流時間の長さは定められているといえるものの,長男及び二男の引渡しの方法については何ら定められてはいない。そうすると,本件審判においては,相手方がすべき給付が十分に特定されているとはいえない

このように、最高裁の結論を分けるポイントは、面会交流の取り決めの具体性であり、給付の特定に欠けるところがあるかどうかという執行法的な考慮にあったと思われる。
最高裁の決定文で「子の利益が最も優先して考慮されるべきであり(民法766条1項参照),面会交流は,柔軟に対応することができる条項に基づき,監護親と非監護親の協力の下で実施されることが望ましい。」と記載している部分は、ほんの枕詞に過ぎず、間接強制の当否にあたっては全く考慮されていないと言っても過言ではないであろう。

面会交流については、一緒に住んでいない方の親とも会うことが子の福祉に適うとして、とにかく会わせるというのが原則化しつつあるようで、この最高裁決定もその方向性を強力に後押しするものである。

しかし他方で会わせないのにはそれなりの理由もあるのである。
例えば離婚した原因がDVにある場合など、子どもに直接暴力を振るったわけではなくとも、両親間のDVは子どもに甚大な悪影響を与えるので、児童虐待の一態様とされている。

児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)

(児童虐待防止法2条4号の一部)
このような場合にまで、DV加害者であった親に面会交流を認めることが適当とは思われないし、むしろ会わせないことこそが子の利益を最も優先して考慮した結果であろう。
このような場合でなくとも、子の成長の過程で別居している親と会った方がよい場合も生じてこようし、逆に会わせる約束をしても会わせない方が子の状態にとって適切になる場合もあるだろう。
要するに子の福祉を最優先して考えるなら、面会交流の可否にも影響する変化が当然考慮されるべきだ。

最高裁の理屈としては、その辺の事情は面会交流の有無等を定めた調停ないし審判に於いて適切に考慮された結果として、具体的な面会交流条件が定められているのだから、ということだろうと思われる。

しかしながら、執行の段階に至っても、子の福祉という微妙な問題については事情が変わり得るのである。一旦具体的な方法を事細かに定めたからといっても、その変更が一切許されないとすべきものではない。

この変化は、さらに面会交流条件の変更を求める審判申立てなどによってフォローすることが考えられ、その段階に至れば具体的な方法を事細かに定める調停条項ないし審判があっても、間接強制には進まないかもしれない。

つまり、この最高裁の決定が正当化される前提には、子の福祉を最優先して、その都度その都度の面会交流条件の見直しをも可能とするような実務になっていることが必要である。一旦決まったことは、何が何でも強制するということが認められたものと理解されるべきではない。

というわけで、今回の最高裁決定から、とにかく具体的な方法を事細かに定めるという調停・審判の実務につながらないように、「子の利益が最も優先して考慮されるべきであり(民法766条1項参照),面会交流は,柔軟に対応することができる条項に基づき,監護親と非監護親の協力の下で実施されることが望ましい」という判示部分を常に思い起こす必要があろう。

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コメント

引き離され親です。
この春の最高裁の判決についても、いくつかの文章を読みましたが
非常に疑問であるのが、決して少なくない事例において離婚時に裁判官が提示した和解条項に、今回「契約と見なされない」とされた面交の規定が存在することです。
私自身もそうでしたし、同様のシチュエーションで「裁判となればこれほど細かく面交の規定は盛り込めない」と告げられ、渋々和解案を飲んでいるケースが少なからずあります。
しかし裁判官が言うところの「細かい規定」が、今回の最高裁の判断では「大雑把で契約とは見なされない」とされていることになります。
つまり裁判官が作成し、双方の同意を持って作成された文書が契約とは見なされないのであれば、何のための和解案なのか?と考えます。

また法律論議を離れて、生物学や心理学的視点からは
父親の継続的な関与が児の成育に有用である事(分野によっては父>母で影響力が大きい)
人間は、本来雄も育児に参加する生物である可能性が高い事(父親になるとホルモンバランスが変化する)
などが相当前から知られており、西洋ではこのような知見に基づき現場の運用がなされています。
ここ数年の裁判官の判断を見る限り、このような科学的知見は全く反映されておらず、「日本の裁判所は中世レベル」と言う批判は、
地動説が唱えられた時の教会の反応と全く同じであり、比喩表現では無く現状をそのまま言い表していると言えるのでは無いでしょうか?

投稿: ugo | 2013/09/12 19:12

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