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2013/02/02

law:公益通報者保護法は女子柔道の告発者に適用されない

公益通報者保護法という法律が平成16年(2004)に作られた。
これはいわゆる内部告発を保護しようという目的のもので、きっかけとなったのはトナミ運輸の内部告発者に対する長期の報復待遇が判明した事件とされている。これと前後して、あの東京電力の原発トラブル隠しを原子力安全・保安院に通報したところ、通報者の実名付きで東京電力に通知されたという事件も起きている。
体罰の問題にせよ、いじめの問題にせよ、閉鎖的な人間関係における歪みという側面があり、外に助けを求められることが一つの救いとなりうるので、被害者自身や被害者の周囲による公益通報が保護される必要がある。
女子柔道の日本代表チームにおける告発などもその典型だ。

しかし、公益通報者保護法は、労働者にしか適用されない法律であって、スポーツ団体の下での選手には、賃金労働者に該当しない限り、直接の適用はない。学校の学生・生徒についても同様に、公益通報者保護法の適用はない。
公益通報者保護法の目的は「公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資すること」(第1条)とされており、これは賃金労働者だけの問題ではないはずだが、現在の公益通報者保護法には決定的な限界がある。
もちろん公益通報者保護法には対象事実が犯罪事実や行政処分対象事実に限られているとか、まずもって事業者に対して通報をすることを想定しているとか、その他の不徹底もある。

他方、女子柔道選手たちが暴力監督の行為を告発した経緯を考えてみると、まず全柔連に対して告発をし、それではほとんど埒が明かなかったのでJOCに対して告発をした、それでようやく暴力監督は辞任を余儀なくされたが、もう一人の暴力コーチは「将来がある」という理由で名前も明かされないまま保護されている。

こうした対応を見ると、暴力監督がかばいきれなくなって辞任を認めざるを得なくなった全柔連の今後の対応がどちらの方向に向くか、懸念される。
果たして、柔道の指導現場における暴力に正面から向き合い、その弊害を認め、科学的なトレーニング方法を真摯に学ぶ方向に行くのか、精神的な強さというマジックワードで根性論を振りかざし、体罰という名の暴力を事実上容認し、これに逆らう選手は不利益処分をするという方向に行くのか、日本柔道はどちらに向かうのだろうか?

産経新聞が次のように伝えている。

集団告発という異例の手法でトップ選手が指導者に「ノー」を突きつけた今回の問題は、指導方法のあり方だけでなく、代表チームを指導する人材の育成に暗い影を落としかねない。
代表監督の経験を持つある競技団体の指導者は、選手の声が強まる昨今の風潮に「暴力は論外だが、選手のわがままが通り放題だと選手強化が成り立たなくなる」と懸念する。

誠に惨軽らしきクオリティの記事だが、公益通報者保護法の趣旨からすれば、後者の方向に行くことは容認出来ない。暴力の存在を告発する選手の行動を「わがままが通り放題」と評価する上記元代表監督は、公益通報者保護法第1条を百回書いて暗記すべきだ。
別に通報のすべてを鵜呑みにしろとか、指導者のすることが全く信用されないというわけではないのだ。

スポーツが勝利至上主義に走るのは、ある意味で当然ともいえるし、選手自身も勝利を最大の喜びとするので、それに向かって努力するし、その妨げとなることは排除しようとする。
また個人競技だけではなく団体競技であれば、選手によって能力も練習量もマチマチだろうから、チーム全体の勝利を追求すればどうしても能力の劣る選手、あるいは練習量が足りないとみられる選手に対して努力しろと迫ることになり、その自発的な努力を待っていられないということになるかもしれない。

しかし、そのことは、暴力(=体罰)を正当化しないのである。

では、閉鎖空間における暴力の防止とエスカレーションの阻止をどう図るか? 単なる公益通報に頼っていたのでは、上記のように事実上の不利益を防ぐことは出来ないし、弱い者は黙るか、逃げるか、死ぬかしかない状況に追い込まれるる

例の桜宮高校の問題と重なってしまうが、大津のいじめ自殺事件の第三者委員会調査報告書が一部公開されている。→提言部分

この中で、学校内外に生徒がシグナルを発しやすい法制度の構築〜二重三重の救済システムの整備という提言がなされており、具体的には以下の三点があげられている。
・学校内に外部の専門家を常駐させること
・弁護士の活用
・学校外にオンブズマンを常設すること

 制度だけ整えれば良いというのではもちろんない。この制度が、人を得て、上手く機能することで、閉鎖空間における問題を表に出し、被害者救済の可能性を開くことができるのだ。

 体罰がはびこっていると思われる団体は、是非とも、自ら、こうした方策を取り入れることを検討してもらいたい。


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コメント

札響の2月定演の感想を探したら、こちらの記事も読んだ次第です。
記事にあるように法の適用外である以上、告発した選手の名前を全柔連は承知していることになります。それなら、犯人探しの手間が省けたうえに、代表に選ばないなどの報復措置もやりやすくなります。
さらに世界柔道などの国際大会で、「ヤワな指導」を受けた選手が連戦連敗に終われば、「ほら、みたことか」と体を痛めつける練習法に戻りそうな気がします。

話はそれますが、仙台を本拠地とするプロ野球球団の監督は殴る、蹴るなどの暴行を日常的に選手に加えていますが、今年はどうするでしょうか。彼は「叱る」と言っています。
なお、通常の心身ならとても耐えられそうもない真夏の甲子園球場でのイベントを、有名大学を出た人たちが主催している限り、科学的指導法は断じて主流派になり得ないでしょう。

投稿: 北海道10区の有権者 | 2013/02/02 22:15

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