Book:完全黙秘の女
前作弁護士探偵物語 天使の分け前 (『このミス』大賞シリーズ)に続く、法坂一広氏のシリーズ第二弾。
主人公の弁護士は名前がないが、脇役というかパートナーとして土田有里弁護士が登場する。
前作から司法制度改革後の弁護士業界の凋落ぶりを物語の背景にしていたが、この土田弁護士は一つの典型だ。
ロースクール卒業後、即独*、宅弁**、ケータイ弁***という境遇で、新人であるが故に当然慣れていない仕草を散々馬鹿にされて描かれている。とはいえ、その土田弁護士が、物型の後半になると、見違えるようにてきぱきと仕事をこなして主人公も使いこなす姿に変身する。物語の後半といっても長くて数ヶ月しか立っていないと思うのだが、その長足の進歩は、ひょっとするとデキる女弁護士だったのではないかと思わせるくらいだ。
*即独とは、弁護士登録してすぐ独立した事務所を構えることをいう。通常は既存の法律事務所に就職して何年かはOJTを積んで一人前になってから独立するのが典型とされていたので、即独は就職余地、すなわち弁護士としての仕事の量が限られているのに、それに見合わない数の法曹資格者を産出しているというミスマッチと、その結果新人弁護士の能力を一人前にする教育機会が十分与えられていないので、能力不足の弁護士が溢れて全体の質低下につながっているという問題が表面化する典型現象とされる。
**宅弁とは、自宅で法律事務所を開く弁護士のこと。法律事務所としてオフィスを別に持つには、その賃貸料が必要となるが、特に弁護士としてのキャリアも知名度もないまま独立する即独の場合、賃貸料を賄うだけの収入見込もなく、元手もないばかりか返ってロースクール時代および最近では司法修習時代の借金でマイナス資産の状態の新人が多いのであるから、自宅を事務所としてコストカットする必要に迫られる。
自宅では、裁判所の近くといった従来の法律事務所の地の利にマッチするかどうか保証の限りではないし、改築もしないのであれば依頼者との面談などの場所を別に確保する必要も出てくる。
***ケータイ弁とは、事務所の電話番号を自分の携帯電話にしている弁護士のこと。事務所を構えるにせよ宅弁となるにせよ、事務員を雇う余裕がなければ、依頼者から、あるいは裁判所から、弁護士会から、仕事上の連絡を常時受ける必要を満たせない。そこで、携帯電話に連絡を受けることになる。
これまた新人弁護士の窮状を表す一つの象徴的現象である。
相変わらずハードボイルドさを売り物にしている主人公だけに、そのセリフぶりやジャズ趣味に共感を覚えるかどうかが評判を左右する。
加えて福岡と静岡が主要舞台だが、特に福岡ローカルな地名にリアリティと郷愁を覚えるかどうかもポイントだ。
さらに上記のような弁護士業界の近年の状況に対する理解と共感も必要だ。
要するに、内輪受けしやすい小説である。
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