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2012/08/26

科学の不定性と法学のシンポを聞いて

前エントリevent:公開シンポ・科学の不定性と社会、参加中での講演を聞いた上での感想だが、やはり性質の異なる問題が混在して切り分けられないままでいるという印象が拭えない。

 まず、コンカレント・エビデンスとして紹介される専門家証人の扱い方の話についてが、YouTubeにも登場し、前面に立てられている。
 現行の交互尋問に対する不満と批判は、本来yes/noでは答えられない問題を、無理やりyes/noに当てはめさせて答えさせている、つまり不正確な答え方を強制しているという問題、従って法廷では科学的知見が歪められ、誤って伝えられるという批判につながっている。
 ここから、科学に対する無知、科学は一義的な答えを出せると考えているのではないかという問題提起が出てくるのだが、交互尋問の中で自己に有利な結論を引き出そうとしている弁護士の行動は、そうした無知に支配されているわけではなく、むしろ不確実性を十分知りながらも、その中で自己に有利な結論を引き出そうとしている。そういう意味で合理的な態度ではある。民事訴訟が私人間の私的利益をめぐる対決という本質的に対審的な構造を持つ以上、しかもその中で一方当事者の利益を最大化させなければならない弁護士の行動様式としては、最後は和解に持ち込むということも含めて、証人や鑑定人の信用性を批判する行動も排除はされない。
 ただし、科学的な知見が正しく提示できないという問題は、この交互尋問の制度的な問題として受け止める必要がある。従って、現行の鑑定手続については改革が必要であり、そのための試みも複数鑑定、共同鑑定、カンファレンス鑑定などの試みが発展させられる必要があるし、コンカレント・エビデンスの手法も同種のものとして日本の実務に導入される必要がある。
 なお、こうした改革には、制度的な障害はないといって良い。問題は、そうした方法に法実務家が慣れるか、法実務家がその長所を認めるか、必要性を認めるか、ルーチンとなりうるかどうかだけが問題である。

 なお、個人的にはこの法技術的な手続問題がもっとも興味のあるところで、今回のシンポは勉強になった。

 これに対して、不確実性のある科学的知見を法的解決なり政策決定なりの場面でどう使うか、こちらの方は単なる訴訟技術論に帰せられず、目下の最大の問題であり、出口が見えない。
 その不確実性というか不定性が、確率的なレベルでは科学的知見として提供できるものなのか、それとも確率のレベルすら定見はないといいうレベルのものなのか、そしてある問題についての専門家をどうやって探したらよいのかという問題も含めて、社会的選択をする為政者なり裁判所なりは困難に直面する。
 その科学的知見というか不定性の扱い方は、おそらく政策決定の場面と個別紛争解決を目的とする民事訴訟の場面とでは異なるのであろう。もちろんいずれも、真実が明らかになった上で、規範的な、あるいは政策的な評価を加えて選択をするという思考方法をとるので、科学的真実が明らかになる場合は、それをなるべく完全に明らかにする手続が必要だということになる。
 しかし、明らかにされるべき科学的真実に不確実性がある場合には、しかもそれが確率的な表現で解明されている不確実性の場合と、そもそも現在の科学的知見では不明であるという領域の場合とで異なるが、これを政策選択の場でどう扱うか、あるいは個別紛争解決の場面でどう扱うかが問題となる。そして、そこが悩ましいのである。
 小林傅司先生のリスク分析のお話も、まさにこの不確実性のもとでの政策決定の困難を示すものであろう。

 後者の話は、原発事故に直面した緊急時の政策選択の場面と、エネルギーの在り方のような長期的政策選択の場合、あるいは個別の紛争解決を課題とする民事訴訟や政策形成訴訟など、場面によってのベストエフォートを試みていくしかないのであろう。

 例えば、一定のレベル以上の被曝でなければ、発ガンとの因果関係ははっきりしないという科学的知見をもって、そのレベル以下なら「安全」だと断言してしまうことはできないし、問題ないと言い切る似非科学者には気をつけねば。そのレベル以下の場合も、安全とも危険ともいえないというのが正しいのだ。
 そして、安全とは断言できないという領域をどう扱うのか、これは例えば冷却機能が失われている原子炉に海水を投入するかどうかという緊急時の判断の場合と、特定の土地に人々が住んで良いかどうかという長期的な政策選択の場合とで異なりうる。前者の場合は、少しでも安全と思われる方、あるいはリスクは覚悟の上でとにかく優先課題を片付けるという中で「安全とは断言できない」ものを無視することもあり得べきだが、後者の場合は、やはり「安全とは断言できない」ものを無視することはできない。

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