« Building:小菅の東京拘置所旧庁舎 | トップページ | jugement:強盗殺人とデジタル・フォレンジック »

2012/08/29

nuk:若者は原発依存でもOKか?

政府の各種民意調査は、いずれも脱原発、すなわち原発ゼロの社会を望む声が最多となった。

このことに関連した毎日新聞記事に、以下のような記述がなされている。

エネルギー・環境戦略:政策議論 民意反映、手法に課題 調査対象に偏り

東京電力福島第1原発事故を受けた新たな「エネルギー・環境戦略」策定に関する国民の声を検証するため政府が設けた専門家会議は、28日にまとめた検証結果で「過半の国民は原発に依存しない社会を望んでいる」としつつも、政府が脱原発の具体的な道筋を示していない点を問題視。国民の意見の調査についても対象が中高年の男性に偏り、女性や若い世代の割合が低い点も挙げ「(脱原発依存に向けた)具体策を整理した工程表を作り、国民が参加して定期的に戦略を見直す必要がある」と指摘した。主要政策に民意を取り入れようとした政府の試みは多くの課題を残した。

この記事によると、30代以下の参加者が意見聴取会で約2割、討論型世論調査で約15%止まりだという。また、討論型世論調査は、固定電話を下に参加者を募ったため、携帯世代の若年層は参加できなかった可能性があるという。
その上で、以下のように書かれている。

専門家会議は、電気料金高騰や経済的影響への懸念などを背景に、20〜30代の若年層は原発維持を支持する傾向が他の年代に比べて強いと分析。委員から「2030年以降の社会を考えるのに若年層(の声)が少ないのは問題」(小林傳司大阪大教授)との批判も出た。

こうして読むと、まるで小林傅司先生が若年層について原発維持を支持する傾向が強いと分析しているみたいだが、必ずしもそう書かれているわけではないので、早とちりは禁物だろう。

小林先生が言うように若年層の声こそは重要である。
20代から30代の若者たちが、上記記事では原発維持を支持する傾向が他の年代に比べて強いと分析されているのだが、そんなことあり得るのだろうか?

原子力発電所の二大懸念は事故の危険と使用済み核燃料処理の不能だ。この2つの問題はいずれも将来世代に巨大なツケとなってのしかかる性質のものだ。

現在の現役世代は、原発に依存した社会を作り、その恩恵を存分に受けてきたし、今後もその恩恵を被ることに利益がある。原発を建設することに多大な投資をした以上、その利益を最大化して回収したいということもあるだろう。そして原発の利益を最大化したいということから、想定可能な津波のリスクも警告があっても無視してきた。その結果が福島第一だ。
利益追求のため安全確保を蔑ろにする姿勢は、老朽化原発を「問題ない限り」使い続けようとするところに典型的に現れている。この「問題ない限り」というところがミソで、耐用年数の原則を定めても例外の余地は残しているし、細野大臣や枝野大臣が原則廃炉と強調しても、これまでの経緯を見れば、どうせその時期が来れば「問題ない」という調査結果が電力会社近辺から出てくるに違いない。

老朽原発を見た目問題ないとして使い続け、隠れた脆弱性が進行した結果は、事故の確率が高まるということだろうし、これを無制限で続ければ、事故が発生するまで使い続けるということになりかねない。何処かでストップをかけると言うことはコスト顕在化とその負担引受を覚悟するということだし、ストップをかけなければ、事故が起きるまで問題を見ないふりをしてやり過ごすということだ。その負担ないし危険の引受を、将来世代に先送りするのが、老朽原発の使用期間延長である。

老朽化原発を一定年限で廃炉にすれば、その処理コストが顕在化する。現在世代の負担となる。見た目上問題が発見されないのに、脆弱化している可能性を慮ってコストを負担するというのは、少なくとも現在世代としては経済的合理性にかけるし、みんなやだ。問題は先送りしてしまえ。せいぜい廃炉のための積立金を積もう。
かくして、廃炉にする作業、その技術の開発、廃炉後の廃棄物処理といういわばゴミ処理作業は、若者世代に押し付けて、現在世代は若干の積立金の負担だけで経済的利益を享受しようというわけである。

廃炉作業は、一応、全くの未知の世界という事でもないし、無限に続くというものでもなさそうだ。これに対して使用済み核燃料の処理問題は、全くの未知の世界で、処理方法も確立せず、処理の体制作りも着手できず、原発の横にプールを作って水に沈めておくといった暫定保管が常態化している。
処理方法が確立して実行可能となるという最大限の希望的観測によっても、数万年間の安全確保作業がのしかかる。もうこうなると、そんなに長く人類も地球も保たないだろうから、野となれ山となれ、そんなコストはないに等しい、というのが関係者の心の底の本音ではなかろうか?

いずれにしても、原発サイトに作っている使用済み核燃料保管プールは数年をまたずして満杯になるとされている。まあ原発サイト内であれば、プールの増設はしばらく可能であろう。数年が十数年くらいまでは大丈夫かもしれない。にっちもさっちもいかなくなるのは、十数年先だから、その時の現役世代、すなわち今の20代以下が考えれば良いことだし、ここでも汚い仕事は若者に押し付けて、せいぜい現在の現役世代は多少の積立金を負担するだけで勘弁してもらおう、というわけである。

ただし、原発の維持推進を主張する側も言い分はある。将来の原子力技術の発展がなければ廃炉にせよ使用済み核燃料の処理にせよ、技術的にできなくなってしまう可能性がある。そのためにも、原子力技術の発展をはからねばならず、従って原発は使い続け、作り続けなければならない、というわけである。
このことは頷かざるをえないが、それで、処理必要なゴミを拡大再生産しても良いのか、という問題は残るし、そのことに対しては、将来の技術進歩が何とかしてくれるよ、という答しかない。結局将来世代へのツケ回しである。

かくして、若い世代の皆さんの原発維持または脱原発のいずれを選ぶのかという声を聞くことは、極めで重要だと、私も思う。その点で、今回の世論調査手法には問題がある。しかし、毎日新聞記事にあるように「20〜30代の若年層は原発維持を支持する傾向が他の年代に比べて強い」というのは全く信じられない。原発の二大懸念がいずれも将来世代に巨大なツケを残すことを多少なりとも思い起こせば、そんなことはありそうにないと思うのだ。

|

« Building:小菅の東京拘置所旧庁舎 | トップページ | jugement:強盗殺人とデジタル・フォレンジック »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

原発の危険性は十二分に承知しておりますが、最大の命題は持続可能な経済活動であると考えております。
当然、必要十分な程度の安全性が確保されるというのが大前提です。100%の安全を確保することは絶対できませんので、必要十分な程度と濁らせてあります。
上記の日記において、経済的な内容は廃炉や廃棄物処理のための積立金程度だと思います。

わたしとしては、持続可能な経済活動が実施できれば、原発0でも構いませんし、むしろ0にしたいです。
ただ、私が考えるに、急激に原発0へカジを切った場合、燃料費の増加、廃炉処理費用の発生、節電要求による減算、などなど、経済的には大きなマイナス効果があり、経済活動の大幅な減速が懸念され、国民を苦しめることになるのではないでしょうか?
また、そこから、抜けだすことも非常に難しく、負のスパイラルになってしまう可能性が高いと考えています。

原発0を推進した場合、このような問題が発生することを承知の上で推進しているかどうか(実はわかってないのではないか?)と、このような問題を回避できるような原発0の推進方法があるのであれば教えていただきたいです。

そのような案がないのに、原発0を推進することは、無謀な行為ではないでしょうか?現に、H24,9.1より、東電で家庭向け、8.46%値上げとなっています。あの、事故を起こした東電がですよ?責任が取れないのは明らかですよね。すでに、公的基金が利用されていますから、東電が払うべきといっても、もうすっからかんで、しかも国(国民)から援助してもらっているのです。
こんな状態で、原発0を推進して経済的に成り立つとは、到底思えません。

投稿: のぶぶ | 2012/09/01 04:29

のぶぶさん、
私は今すぐゼロにせよと書いているわけではありません。エネルギー構造の転換には数年、数十年程度の時間が必要でしょう。それは脱原発の目標を定めて、そのために必要な電源開発なり電気流通の改善なりを進めていって、はじめて可能になるかもしれないことです。将来も原発に依存することを前提にすれば、エネルギー構造の転換を進めるインセンティブがないわけですから、数年、数十年と時間がたっても、現在と同様に原発がなければ立ち行かない状況に変わりがないでしょう。

そして原発を稼働させ続ければ、将来世代に多大なツケを回すことは覚悟しなければなりません。
また急激に原発ゼロにかじを切ったら廃炉処理費用がかかるとおっしゃいますが、これはいずれ必ずかかる費用であって、今の世代が適切に負担しないならば、やはり将来世代へのツケ回しとなります。

原発依存から抜けだせない限り、老朽原発をだましだまし使い続けて、いつか事故を起こすまで頑張るか、古くなった原発は廃炉にして新しい原発を何処かに作るかして、維持しなければなりません。
使用済み核燃料は積み上がる一方です。

このような将来かかるコストを、なるべく子孫に残さないようにするには、少なくとも原発に依存するエネルギー構造を変えていく、原発ゼロを目標とした電源開発や電気流通構造の改善を徐々に進めていくしかないように思いますが。

で、その数年ないし数十年の間に、画期的な技術が開発されて、あるいは使用済み核燃料の処理が動き出してコスト無限大という状況が変わったならば、政策の変更はいつでもできることです。

投稿: 町村 | 2012/09/01 13:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/31412/55532394

この記事へのトラックバック一覧です: nuk:若者は原発依存でもOKか?:

« Building:小菅の東京拘置所旧庁舎 | トップページ | jugement:強盗殺人とデジタル・フォレンジック »