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2012/08/15

Book:福山哲郎『原発危機 官邸からの証言』

東日本大震災と原発事故の対応にあたった官房副長官が、いわゆる「福山ノート」を元として、当時の状況をビビッドに書いたものである。

 今まで読んだ色々な原発危機当時の記録の中でも、最も臨場感に溢れている。
 本書の約半分を占める第1章は、「福山ノート」が語る官邸の5日間として地震発生から東電撤退阻止による東電本店での対策本部設置に至るまでをほぼ時系列的に振り返っている。

 その当時、ニュースなどを通じて同時代的に認識していた事態の推移が、本書を読むに連れて改めて記憶に蘇る思いだ。

 また本書では、危機管理にあたって、現場の実戦部隊と担当部署(この場合は東電と原子力安全・保安院)、そして首相官邸のそれぞれがどのようや役割を果たすべきかということを隠れテーマとしている。原発事故という極めて重大なケースに直面して、実践を通じて、政治の役割を模索してきた姿は、今後の政治の役割を考えるにあたっても踏まえるべき先例といえよう。
 危機の渦中にあっても、後から振り返っても、東電原発サイトでの事故対応は力の限りを尽くしていたのに対し、東電本社の対応や原子力安全・保安院の対応は鈍く、事故の重大性をなかなか認めようとせず、海水注入をためらうなど必要な対策でも経済的な不利益を恐れて手が止まるといったことがあった。放射性物質の拡散を意味するベントの実施の決断でも、計画停電の実施でも、多大な不利益を住民に課すことになる避難の実施と範囲設定でも、さらには全面撤退に踏み切るかどうかでも、東電にも経産省にも決定能力はなかった。ここは政治的決断がどうしても必要な場面であったということが、本書でははっきり示されている。
 東電が全面撤退の意思をもって官邸に接触していたことは間違いないようであるし、そのことは限定的に公開されたテレビ会議記録からも推測可能である。もちろん事故対応の最前線であるサイトの吉田所長には、そんなつもりは全くなかったというのが真相だろうが、東電は原発事故を前に逃げ出そうとしていたことは事実のようだ。そしてそれを止めたのが菅首相であったことも否定しがたい事実である。

 情報の隠蔽についても、我々は「政府」という言葉でひとくくりにするので、SPEEDIの活用に示されるような情報隠蔽が「政府」にあったことは事実として否定しがたい。東電に至っては、事故発生前の津波予測の存在からメルトダウンの事実、そして水素爆発の事実など、事実関係を隠そう隠そうとしてきた。テレビ会議記録の開示をめぐる経過なども、その隠蔽体質をあますところなく発揮している。

 しかし、そのことをもって民主党政権、菅首相の下での官邸が情報隠蔽をしてきたと評価するのは間違いであることが、本書では如実に示されている。

 ただし、本書の内容にも疑問がないわけではない。
 一つのみ挙げると、本書で触れられていないが、SPEEDIのデータ自体は事故直後から活発に利用され、分析に用いられていた。アメリカ側にも要請に基づいて提供されていた。もちろん実測データと組み合わせた本来の放射性物質拡散シミュレーションはできなかったにせよ、拡散予測が全くできないわけではなく、むしろ正確な予測が可能であったことが後に明らかになっている。
 それを本書では、仮に当初からデータを得ていたとしても、それをもって避難の範囲を決めることはできなかっただろうというのだが、もともと不完全な情報を前提としつつ、なるべく保守的に避難範囲を決定していたことが本書により明らかになっている。そこに、拡散方向が北西に広がることを示すデータがあれば、やはり飯舘村方面の避難をさらに重点的に行なっていたであろうことは想像に難くない。爆発に備える避難ということからSPEEDIは使えないというのだが、爆発に備えた同心円的な避難範囲決定に加えて、放射性物質の拡散方向を踏まえた避難範囲の拡大は可能であったはずだ。

 その他、脱原発に向けての動きを最終章で示していて、一見明るい未来に進むように見えるのだが、原子力規制委員会の委員人選問題に端的に現れているように、原子力ムラによる原発推進利益共同体の力はいまだ強く、また安全神話に頼って問題を先送りする体質は、大飯原発再稼働に際して示されたように民主党政権自体にも存在する。
 再稼働は一切許すまじという態度を、私はとらないが、それでも大飯原発のケースは産業と経済の必要性
の前に、安全性確保には目を少しつぶったというものであり、そのことを率直に認めることなく「安全性は確認できた」と強弁する姿は情けない限りだ。

 そういうわけで、最終章に示されている脱原発への道も、福山さん個人はそのように考えていると納得できても、政治主導でその方向に進むとは期待できないのだ。

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