action:大学を訴えたら、その大学の先生が裁判官だった
このようなタイトルを書くと、とても不公平な出来事に、あたかもカフカの審判のような理不尽さを感じてしまうかもしれない。
週刊金曜日の「信州大学を勝訴させた裁判官は大学講師だった――裁判官派遣めぐり国賠訴訟」という記事では、大要以下のような事件が報じられている。
信州大学の医学部の先生が解雇されたので、地位保全の仮処分や解雇無効の訴えなど(詳細は不明)を長野地裁松本支部に提起したところ、途中からその担当裁判官となった判事が、信州大学法科大学院に非常勤講師として赴任されている派遣裁判官であったというのである。
本体の仮処分申請や訴えを棄却された先生側が、公正な裁判を受ける権利を阻害されたとして国賠請求に及んだというのが上記記事だ。
なるほど、裁判官が、被告の従業員であったと思えば、ひどい話だと見えなくもない。
ただ、非常勤講師というのは文字通り非常勤であり、当該担当授業についてのみ責任を負うに過ぎず、使用者たる大学の指揮命令もその限りで生じるにすぎない。
一般的に言って、専業の非常勤講師は弱い立場であって大学の不利益になるようなことは出来ないという関係にあるかもしれないが、他に本務校のある非常勤講師は全くそのような関係にはなく、むしろ逆だ。まして派遣裁判官の場合は、職名は特任教授とか非常勤講師とか色々あるだろうが、大学は当該担当授業の内容すら、指揮命令権が実際にあるとは言いがたい。つまり独立性は極めて高い。
それに、民事訴訟法の除斥原因の規定を眺めても、上記のような場合に当てはまるものはなく、忌避原因として「裁判の公正を妨げる事情」に当たるかどうかを考えてみても、非常勤講師の地位からして該当しないというべきであろう。
第二十三条 裁判官は、次に掲げる場合には、その職務の執行から除斥される。ただし、第六号に掲げる場合にあっては、他の裁判所の嘱託により受託裁判官としてその職務を行うことを妨げない。 一 裁判官又はその配偶者若しくは配偶者であった者が、事件の当事者であるとき、又は事件について当事者と共同権利者、共同義務者若しくは償還義務者の関係にあるとき。 二 裁判官が当事者の四親等内の血族、三親等内の姻族若しくは同居の親族であるとき、又はあったとき。 三 裁判官が当事者の後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人であるとき。 四 裁判官が事件について証人又は鑑定人となったとき。 五 裁判官が事件について当事者の代理人又は補佐人であるとき、又はあったとき。 六 裁判官が事件について仲裁判断に関与し、又は不服を申し立てられた前審の裁判に関与したとき
ただし、最高裁判所は裁判官に対して「公正らしさ」を厳格に求めていたのではなかったか?
実際には公正を妨げる事情と言えなくとも、公正「らしさ」を妨げるような行動を裁判官がとれば、分限裁判すら辞さないというのが最高裁の立場ではなかったか?
→参考:最大決平成10年12月1日
大法廷決定では、政治的活動に関して特に厳格に公正らしさを求めているということであるから、政治的活動に関係しない要件事実教育担当ということには当てはまらないということになりそうではある。しかし、裁判官は公正なだけでは足りず、公正らしさも必要なのだという以上は、個別事件の非政治的な活動についても、「公正を妨げる事情」をより広く解釈することも必要ということになりそうである。
私の見解はむしろ逆で、公正らしさを過剰に追い求めるのは相当ではなく、大法廷決定の事案もある法案に反対の個人的見解を明らかにすることは許されると指摘しているところと比較して、反対集会に参加して反対の意思表明ができないというお断りを述べただけなのに反対の意思を伝えて政治的活動に参加したと結論付けるのは結論ありきの推論に過ぎると思う。
そうだとすると、個別事案で非常勤講師になっている大学が当事者となっている事件でも、そのことと公正な裁判を行うこととは関係しないと割りきって担当することは、許容範囲であろうと思う。ましてやロースクールで要件事実を教えているからと言って、その大学に有利な裁判をするということには繋がらないだろうから。
国賠という場外乱闘に場を広げるよりも、本体である解雇無効を上級審で争う方が大事であり、かつそれで裁判を受ける権利としては十分であろう。
| 固定リンク
「法律・裁判」カテゴリの記事
- Arret:欧州人権裁判所がフランスに対し、破毀院判事3名の利益相反で公正な裁判を受ける権利を侵害したと有責判決(2024.01.17)
- 民事裁判IT化:“ウェブ上でやり取り” 民事裁判デジタル化への取り組み公開(2023.11.09)
- BOOK:弁論の世紀〜古代ギリシアのもう一つの戦場(2023.02.11)
- court:裁判官弾劾裁判の傍聴(2023.02.10)
- Book:平成司法制度改革の研究:理論なき改革はいかに挫折したのか(2023.02.02)
コメント
学納金の一連の訴訟の最高裁判決は、ほとんど全部古田佑紀裁判官が裁判長でしたが、同志社大学関係の判決にだけは古田氏の名前がありませんでした。これは古田氏が最高裁入りする前、同志社ロースクールの教授をしていたため回避したものと考えられていましたが。
投稿: バカラ | 2012/06/14 18:57
バカラさん、情報有難うございます。
投稿: 町村 | 2012/06/14 19:44
最高裁犯事を初めとして、禄でもない犯事が多数跋扈していますが、そういった手合いの下した非常識な判決(冤罪判決なども)に対して、厳しい非難・糾弾の手紙を送りつけ、同一の犯事に対してそういったことが繰り返された結果、その犯事が糾弾者に対して悪感情を待つようになったとします。
そして、民事でも刑事でも良いですが、何かの事件でその犯事がその事件の担当担った場合、不公正な訴訟指揮が行われ足り、判決が下される蓋然性がある、と言う理由で、忌避できるものでしょうか。
投稿: 井上信三 | 2012/06/15 19:21
↑のコメントの下から3行目「その事件」とあるのは、「その糾弾者が当事者となっている事件」が正しいです。
要するに、ある人がある犯事から悪意をもたれるような行為をしていたとして、その人が訴訟当事者になった時の担当犯事が、その当事者に悪意を抱いている犯事であった場合に、そのことを理由として忌避できるかと言う事です。その犯事がその人に対して悪意を抱いているであろうことの証明は、その人が過去にその犯事に送りつけた、犯事非難・批判・悪口雑言・罵詈讒謗を記した手紙などの写しと言う事になります。
投稿: 井上信三 | 2012/06/16 20:56