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2012/03/15

nuk:原発のためなら地震予知も可能になる?

原発推進と脱原発ないし反原発とは対立を先鋭化させているが、地元の意向はますます重要になりそうだし、既に原発立地財源に雇用も経済も依存してしまっている地元自治体だと、脱原発に舵を切るのは難しそうだ。

だが、とにかく安全性は蔑ろにしてはならないということは一応のコンセンサスとなっている。

このことは大飯原発の運転再開の可否をめぐる町長の発言にも現れている。(おおい町長「原発再稼働、安全を最優先」

大飯原発近くにあり、大規模地震につながる可能性がある活断層の連動性について、「(3月28日に開かれる)国の意見聴取会での専門家による検証結果が重要」と指摘。「検証結果から、原発への影響を数値で示してもらわない限り、町は再稼働の判断ができない」とした。

これに応えて再稼働させたい人たちは、専門家の意見として、地震の起きる確率が低いとか、起きても大した規模にはならない、少なくとも原発の安全性に影響を与えるものにはならないという結果を出すのが、これまでの経過から想像される。

しかし、素朴な疑問がある。
日本では、というか人類は、いつから地震の予知が可能になったのだろうか?

なぜか、原発立地とか原発関連施設の立地のところでは、いかにも事実らしい根拠に基づいて、地震の起きる可能性やその規模についての「検証」がなされ、
国・原発業者「ほら、だから安全ですよー」
地元政治家「そっかー、じゃOKということで」
となってきた。

しかしそんな検証ができるなら、まずわが町でやってもらいたいものだ。
神戸の大震災は予知できたんだったか? 阪神地方であの程度の地震が起こることは予定されていた? 今回の東北大震災も、想定されたことだったか?

地震の予知が不可能だというと、膨大な予算をつぎ込んで重点的に促進している科学の分野を否定することになるし、安全予測に救いを求めたい人たちの感情からは受け入れがたいことになるので、そのような前提に立つことは難しいだろうが、でも現時点で地震の予知は地震が起きない予知も含めて、できないという事実を踏まえるべきだ。

その上で、原発立地を受け入れ、あるいは原発の再稼働を認めるということは、たとえ確率的には極めて小さいとしても、大地震により原発事故に至る可能性をリスクとして受け入れるということを、正面から認めるべきだ。
そのリスクが現実化した場合のシミュレーションは、福島第一原発周辺の自治体・住民が味わっている塗炭の苦しみの現実を参考に、最悪の場合を想定すればよい。福島第一原発は最悪の事態を免れたのだから、チェルノブイリ事故や東海村の事故もさらに参考にする必要があるが、ともあれそういう事態が現実のものとなる可能性は、どんなに低くともある。そのリスクを引き受けるということを意味する。

さらに、現に事故が起こった時には、国も、原発業者も、「想定外」を繰り返し、根拠のない「直ちに健康には影響がない」を繰り返し、放射性物質拡散予測がちゃんと出来ますという事前の触れ込みの何百億円ものシステムも役に立てられず、ていうか誰も存在を知らず、アメリカには提供する情報を国民には知らせず、原発業者は事故処理を放り出そうとし(争いあり)、それを止めた首相は人格非難にさらされる体たらくである。

あるいは原発業者たちは、事故が起こったら、ちゃんと無過失責任立法と保険で損害は補償されますというかもしれない。しかしそれはなんの気休めにもならず、むしろ切り捨てられる被災者はたくさん出るし、国営ADRはあっても原発業者は従う義務も意欲もなく、あげくに低線量被曝による健康被害は因果関係がはっきりしないということで初めから切り捨てられることに決まっている。
いや、そもそも低線量被曝「による」健康被害であることを認めないのだから、切り捨てではないというだろう。

地元自治体の責任者は、こうしたリスクが現実化した事実を踏まえ、「こうした事態に立ち至る可能性がありますけど、それでも受け入れますか?」という問いに正面から向き合って、原発立地や増設、再稼働の可否を考える必要がある。
そしてこのことは、住民の意向を聞くことなく、首長だけが決めて良いこととはとても思えないのである。

あと、今回の福島第一原発の事故でも危ないところまで行ったのが、使用済み核燃料プールの存在である。原発再稼働ということは、すなわち使用済み核燃料を生み出すということを意味する。その使用済み核燃料は、六ケ所村の一時保管場所に運び入れることができる量を超える部分は、各原発でプールに付けておきながら、持ち続けてるということになる。
そのことも、再稼働の可否を判断するにあたっては、正面から向き合うべきで、他所に捨てる場所は現在のところ存在しないのである。

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