arret:安全配慮義務違反の賠償でも弁護士費用は請求可能
チタンのプレス機を操作していた原告が、指を切断するという事故にあった。
これは、使用者である被告が、「プレス機に安全装置を設けて作業者の手がプレス板に挟まれる事故を確実に回避する措置を採るべき義務及び本件プレス機を使用する際の具体的な注意」を作業者にするべき義務を怠ったという、いわゆる安全配慮義務違反により生じた事故だとして、使用者に対して労働契約の不完全履行を理由とする損害賠償を請求し、その損害に弁護士費用530万円も含めた総額5900万円余りを請求した。
問題は、安全配慮義務違反が債務不履行責任だとされている点だ。
一般に不法行為責任なら弁護士費用も損害として請求できるのに対して債務不履行なら請求できないという説が広まっていることから、高等裁判所は、本件の損害として弁護士費用を請求することはできないと判断した。
しかし最高裁は、大要、以下のように判示して弁護士費用も請求できるとした。
就労中の事故について労働者が使用者に対して求める安全配慮義務違反による損害賠償は、労働者側が具体的事案に基づき、損害と額はもちろん、義務の具体的内容、義務違反の事実についての主張立証責任を負う。
これは不法行為と同様であり、「使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は、労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権である」。
従って、以下のように結論付けた。
労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである
ちなみに、この判決が先例として引く最判昭和44年2月27日民集23巻2号441頁は、不当な競売申立を不法行為とする損害賠償請求で、弁護士費用も請求できるとした事例である。
弁護士を必ず立てなければならない制度ではないにもかかわらず、弁護士費用の請求が可能なのは、一般人が弁護士を代理人とせざるを得ないほどに複雑だからというのであった。
他方で、金銭債権の履行を求める訴えで、その取立てのための訴訟提起に必要な弁護士費用を履行遅滞の賠償として請求できるかという事件においては、認められないという判断が最高裁で出されていた。その理由は、金銭債権不履行の場合の損害を法定利息に限るとした民法419条があるからである。
従って、金銭債権以外の債務不履行による損害賠償であれば、その取立てのための賠償に弁護士費用を含めても良いというのが素直な解釈だ。
本判決は、金銭債権以外の債務不履行について、そのすべてを弁護士費用の賠償も可能とするのではなく、上記のような不法行為と同様の事件だからという理由を持ちだして、弁護士費用の賠償も可能とした。
これは、弁護士費用の賠償を債務不履行についても認めたものと位置づけるのではなく、債務不履行による損害賠償でも弁護士費用の賠償を限定的にのみ認めたものと位置づけられるべきだ。
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