arret: 痴漢冤罪、民事その後
報道によると、虚偽の痴漢の疑いをかけられたとして、元被疑者がケータイを注意されたことに腹を立てて痴漢被害を申告した女(以下ケータイ女という)に対して損害賠償を求めた訴訟の再上告審で、最高裁は、元被疑者の請求を棄却する原判決を支持する「决定」を下したとのことだ。
この事件、このプログで第一次上告審判決を以前に紹介していた。→arret:痴漢冤罪民事、ケータイ注意で逆ギレ女の虚偽申告
その時は、元被疑者が痴漢をしていたとの認定をした原判決が、ケータイ女の通話相手の証人尋問もしないでケータイ女の言い分を認めるなど、ずさんだとして破棄差し戻しになったのだ。
ところが今度は、元被疑者の請求を棄却という結論である。
この事件、もともとの痴漢冤罪事件は逮捕勾留されたものの、ケータイ女が途中から捜査に協力しなくなり、検察官において不起訴としたものだった。だから無罪判決が出たわけではない。
民事において元被疑者がケータイ女に損害賠償請求をしたが、その根拠条文は不法行為(民法709条)であろう。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
この条文の要件、故意または過失、他人の権利侵害または法律上保護される利益の侵害、因果関係、損害発生は、すべて損害賠償を請求する原告、この事件では元被疑者が証明責任を負っている。
そしてケータイ女が元被疑者を痴漢呼ばわりしたことは、権利侵害となることは明らかだろうが、問題はそれが「故意または過失」によってされたのかどうかである。
元被疑者が本当に痴漢をしていたのであれば、痴漢だと告発することは権利侵害でもないだろうし、侵害行為がないから故意も過失もない。第一次控訴審はこの立場だ。
これには、必要な証拠調べもしないで痴漢の事実を認定したのは違法だとして第一次上告審が差し戻した。
今回の最高裁判決は、最高裁サイトがまだ原文を掲載していないのではっきりしないが、報道によれば「差し戻し控訴審判決で高裁は、女性の被害供述は信用性に疑問があると指摘する一方、痴漢行為がなかったとの断定まではできないとして賠償は認めなかった。」とあり、これを最高裁も是としたようである。
つまり、元被疑者が痴漢したかどうかははっきりしないが、第三者が痴漢をした可能性は捨てきれず、従ってケータイ女が故意に虚偽申告をしたかどうかもはっきりしないという認定のようである。とすると、「故意または過失によって」という部分の立証が十分出来なかったため、元被疑者の請求は認められなかったというわけである。
痴漢冤罪に対して、刑事での不起訴を勝ち取るよりも、民事の損害賠償責任を追及する方が難しい、というのは法律の建前的常識には合致している。刑事では証明責任は検察官側にあるのに対し、民事では元被疑者側に証明責任があるからだ。
しかし、前回のブログを書いたときの印象や、車内ケータイを注意されたという事実には争いがないことを考えると、その時にたまたま第三者が痴漢をしたという可能性が本当にあるのか、車内の混雑具合はケータイ女が「変な人が近づいてきた」と言っていたことも認定されていて、人が動ける程度の混雑だったわけで、そんな時にケータイ使用でトラブっている最中の女を誰かが痴漢するのかと、非常に不合理なものを感じる。
もちろん証拠関係を見たわけではないので、単なる外野の印象ではあるが。
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コメント
不法行為請求においては、故意による不法行為の請求をしていても、過失による不法行為の認定をしてもよいというのが判例なのですが、仮に、第三者による痴漢があったとして、本件原告が犯人だと告訴したことに過失はなかったのかという点が解決されていないように思うんですけどね。そのへんが、裁判所って、やる気ないのねって思わせるところです。
投稿: バカラ | 2012/02/04 22:47
警察宛へ国家賠償を請求して勝訴しさえすれば、立証は難しくないと思いますが、。
投稿: 佐々木実之 | 2012/02/07 17:38