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2012/01/04

univ.授業初め

世間では仕事始めの今日、昔なら大学は事務職員と一部管理職教員しかいない静かな冬休みだったはずだが、昨今は様変わりした。
もう、今日から授業が始まるのである。

とはいっても、休講掲示板を見ると、必ずしもみんな授業をするとは限らないのだが、特段の予定もない私は授業をしてしまった。
もちろん授業期間中と指定されているのだから、授業をすることはむしろ当然で、故なく休むのは先生だってズル休みである。休講の先生方は、おそらく正当な理由があってやむを得ず休講したのだろうし、その分の埋め合わせは、補講その他の手段により行ったものと思う。そのような理由のない私が休まないのは当然である。

問題は年末年始の休みが短いということではなく、昨今の傾向として2単位の授業には15回の授業回数を確保することを至上命題とする形式主義にある。
これまた誤解のないように言っておくと、授業回数が多いことに文句をつけているわけではない。大学の授業がどのようにして成立するのかという点、また大学の教育効果という点に思いをいたさず、単に回数を確保すれば良いという傾向にあることが問題だと言っているのである。

大学の授業は、教職課程や法科大学院のような場合を除き、教育内容が予め用意されているわけではなく、各教員がそれぞれの研究成果を土台として、教育内容を決定していく。もちろん各分野の大まかなスタンダードは存在するが、全く存在しない学問分野もありうる。
その授業の質を決定するのは、各教員の研究成果であり、研究成果は過去のものではなく現在も発展し続けているものであるから、各教員が現在研究を行なっているその内容が重要となる。

過去の研究内容を繰り返し教授するだけという授業は、その内容がどんどん時代遅れとなっていき、高い質を保てない。各分野の歴史のように昔のことを題材とする分野だって、その分野の進化発展をフォローしなければ、その分野のスタンダードからも遅れていく。

さて、その研究成果は、いつ、どこで獲得するのかといえば、大学の授業の傍らで研究を行い、研究成果を発表していくしかない。ところが、大学では授業以外にも、様々な校務を仰せつかる。大学全体の運営に関わることから入試とか学生生活とか教育内容とか教室管理とか人事とか多種多様な仕事を教員同士で分担していく。その校務をこなしつつ、授業時間もこなしつつ、あるいは学生の個人指導もこなしつつ、研究を行なって成果発表をしていくのは、かなり難しい。
その上、一日は大学の先生だって24時間しかない。夜は眠らねばならぬ。家庭生活もある。年頃によっては子育てもあるし親の介護もある。そのようなプライベートな時間を全く犠牲にすることもできない。

そういう中では、研究の絶好の機会が、春夏冬の授業期間のないときであった。その時に研究し、成果を発表しておかないと、授業の質も保てなくなるのである。

大学の授業は教育機関として最も重要なタスクであり、教員はそれを最優先に考えるべきということに正面切って異論は唱えにくい。正論である。
そして、その正論を実質的にも大事にしようと思えば、現在の研究活動時間を確保することも重要だということが理解できようというものである。
しかし、授業期間の回数を確保することを至上命題とする議論は、授業の質を度外視した形式主義に堕しており、結局は大学の授業を大事にしているとは言いがたい。

IT機器を用いてe-learningの手法を部分的にも導入し、授業の教育効果を高める方向で工夫をすることは大いにやったら良いと思う。実質的に教育効果を高め、授業の質を高めることに貢献する。

その当たり、よく考えて大学管理行政を行う必要がある。

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