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2012/01/06

barexam:司法試験採点実感で悪筆に苦言

司法試験の公法採点実感にて、下記のように書かれている。

採点者は一生懸命読み取るように努力をしているが,悪筆や癖字,さらには,字 が細かったり薄かったりして,非常に読みにくい答案が少なくない。もちろん,達筆でなければならない,ということではない。しかし,平素から,答案は読まれるために書くものという意識を持って,書く練習をしてほしい。

平素から答案は読まれるために書くものという意識を持って書く練習をしてほしい。
書く練習をしてほしい。
書く練習をしてほしい。
書く練習をしてほしい。

全く同感である。

いや、自分の手書きの文字は棚上げしていうのだが、試験を受けるのは私ではないので。


これだけではなんなので、民訴の部分からいくつか興味深い指摘を抜き出しておこう。

訴訟行為の撤回が原則として自由であることを理解していないのではないかと思われる答案も少なくなかった。

事実の自白の撤回制限について、信義則をあげるのみの紋切り型が多いという苦言に続けてこのように書かれているが、受験生の間に信義則のインフレ現象ともいうべき悪弊が広まっているため、このように書かれてしまうように思う。
主張の撤回とか仮定的主張とかの当否を問われると、とっさに信義則上制限されると書いてしまったり、判決理由中の判断に異なる主張を別訴ですると、何も考えずに信義則上制限されると書いてしまったりする。信義則はあくまで例外的な規範であって、その前に原則としては許されるという認識がないか、それを極端に軽視している受験生が多いのではないか。
そのような答案の立場からすると、もう理由中の判断も拘束力があるし、訴訟物が違っても当事者が違っても判決効が当然に(信義則上)及ぶということになりそうだ。

権利主張参加や共同訴訟参加について,記憶している限りの要件を全て取り上げて検討しているような答案が散見される。例えば,「他人間に訴訟が係属していることが要件であるが,本問の事例ではこの要件を満たしている。」などとするものである。しかし,この要件を満たしているからこそ独立当事者参加や共同訴訟参加の可否を問うていることは問題文から明らかであるから,このような記載は無用である。書けば書いただけよく勉強していると評価されると誤解しているのかもしれないが,むしろ,このような記載をするとセンスを疑われる(論ずべきポイントが何かを把握していないと受け取られる)ことになりかねない。

 受験生心理として、必要な論述をしないことでのマイナスを避ける思いが強すぎて、ついつい何でも書いてしまうことは理解できるが、論述式問題は要するに何が問題になっているかを見ぬく能力を試してもいるのである。
 もっと簡単な、確認の利益がないかどうかが問題となる事例問題でも、確認の利益の3つのポイントを一つ一つ当てはめていく答案が多いが、確認の利益がないという結論を導くなら、問題となるポイントを取り上げて端的に論じれば良い。過去の権利の確認など一つも関係しない問題に、過去の権利の確認は例外的に許される云々と論じても、全く無意味だろう。

結論の具体的妥当性を追求するということは,妥当な結論を導くための理論構成を考えるということであって,個別的な事情から裸の利益衡量をして妥当と思われる結論を導くということではない。

 これも良くある。特に民訴では、理論的枠組というか制度自体の理解を疎かにして、例えば既判力は手続保障が根拠として認められるなどと曖昧に書いて、その結果、当事者が主張できたとかできなかったという具体的事情からダイレクトに既判力が及ぶか及ばないかを結論づけたりする。
 しかし、既判力は訴訟物についての判断に生じるという原則を全く無視するのでは、点数はもらえないのである。あるいは、当事者にのみ及ぶというのが原則で、当事者が主張できたから第三者には代替的手続保障があったなどとは当然には言えないのである。

憲法のみならず、民訴でも汚い字に苦言が呈されている。

読み手の立場に立って読みやすい答案を作成することは,受験者として最低限の務めである。読み手に理解されなければ何を書いても評価されないことを肝に銘ずべきである。

 ま、要するに、自分はちゃんと能力があることを示す証明責任は受験生側にあるのであって、読めない答案ではその証明を尽くせたとは言いがたいのだ。

 あと、「蓋し」や「思うに」答案は減ってきたと評価されているが、何を指すのか全く不明な「この点」接続詞は相変わらず多用されているようだ。
 まさに「この点」は、強調しておきたいところである。日本語として成立した答案を書くのが重要であって、答案用語を多用して意味がわからなくなっている答案は逆効果なのだ。

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コメント

二点ばかり「文句」を

なぜいまだに手書きを強要するのか。いいかげんワープロにしたらどうですか。トーフルもトイックも全部そうです。日本の試験だけです。司法試験受験生が習字の勉強ってばからしいにもほどがある。事務所内でも裁判所でも手書きのとこってありますいか?じゃあ試験もワープロにしましょうよ。

次に。生徒の答案の評価のことをあれこれ書いてますが、「思うに」試験実施機関が採点基準をきちんと公開していないのが一番の問題でしょ。学生の答案に見当違いのものが多いのは、そもそもルールが公開されてないからですよ。そんなものにどうやって対処するんですか。

投稿: fumie | 2012/01/08 09:43

二点とも、全くおっしゃる通りだと思います。

その上で、なぜ実現できないかを説明させていただくと、第一点は予算がないから、第二点は採点基準や模範答案を公開するとそれに合わせた答案作成訓練で乗り切ろうとして真の知識やスキルを習得できなくなるからというものだと思います。

第一点については、一学部600人とかのマンモス私大ならともかく、国立のような小規模クラスでは問題にならそうなものだし、高価で使われない学習支援機器に無駄金投じる位ならワープロ専用に近いパソコンを整備するくらい何だと言いたくもなります。しかし、パソコンを入れてしまった後の維持費は、頻繁なバージョンアップに数年おきのリプレイスの必要など、考えただけでも頭が痛いです。
まあそのほか、年寄りの教員から見ると、タイピングスキルによって不利になるのは不当だという意見も根強いでしょう。年寄りの教員が思うほど学生さんはタイピングできないことはないと思うけど、でも携帯入力しかしたことありませんという子どももいるかもしれません。

第二点は、司法試験でも細かい採点基準を設けていると思いますが、それは秘密とされていて、それを知られると、その対策にのみ力を注いで本来の知識や応用力を磨こうという努力が疎かになる弊害が生じるからと言われています。
それはなんとなく筋が通らない気もしますが、まあ、そう言われています。

しかしfumieさんがおっしゃる「採点基準」がそういうことではなくて、正解が示されていない、何を書いていいかが明確にされていないということであれば、それは次のようにいうべきでしょう。
第一に法律学は唯一の正解がある学問ではないこと。もちろん法律や判例のような知識レベルの正解はありますが、事例式問題ではその知識を応用することが求められるので、正しい応用が複数存在しうるわけです。
第二に何を書くべきかの中身は、出題趣旨という形で示されていて、昔の旧司法試験よりは数段親切になっています。
大学の定期試験では、むしろ授業でやったことを出題するわけで、何を書くべきかは事前にも知らされているといってもいいです。
司法試験の場合は授業なんていうのが無いですが、各科目は各科目でスタンダードな内容がありますし、定評ある基本書によりその分野の網羅的学習が可能となってます。もちろん言うは易く行うは難しですが。

要するに、どういう基準で点数をつけていくかは示されていなくとも、何を書くべきかは示されていて、その知識の上で、問題となる事例の特徴や重要事実を的確に選び出し、それに適合する法規範を適用し、場合により解釈論も展開しながら、妥当な(裁判官的立場と当事者的立場とで異なりますが)解決を提示すること、それが求められていることですよ。

投稿: 町村 | 2012/01/08 10:49

ワープロですか・・・ワープロの動作もIMEの動作も辞書の語彙もソフトごとに差がありますからねぇ。職場だと特定個人が一定期間使うから慣れも出てくるしカスタマイズできますが(実際、私は転勤ごとにカスタマイズとデフォルトへの復帰を繰り返していますし。)、試験ではそうもいかないでしょうし。ワープロが身体に合わないと逆にストレスになる気がしますけれど。

投稿: えだ | 2012/01/08 12:29

私の個人的信条としては、ワープロのみならず、通信機能のあるパソコンを持ち込んで頂いて、日頃の辞書の鍛え方とか検索スキルとかが反映した試験成績が公平なのではないかと思うのです。が、コンセンサスは得られませんね。

投稿: 町村 | 2012/01/08 13:08

事務所内でのちょっとした連絡を手書きで行うというのは普通なので、普通に読める字を書く訓練はしておいた方がいいと思うのだが。

あと、証人尋問の時にメモをとる場合、基本手書きですね。

投稿: 小倉秀夫 | 2012/01/11 13:44

少々揚げ足取りを

>パソコンを入れてしまった後の維持費は、頻繁なバージョンアップに数年おきのリプレイスの必要など、考えただけでも頭が痛いです。

そういうのは全て外注(リース)でやれば良いので気にすること無いのではとおもいます。全て維持管理を自分で”やらなければならない”という前提がかなりおかしいような。

>タイピングスキルによって不利になるの
筆記スキル(例えば遅筆)で不利になるのは容認されて、タイピングスキルで不利になるのは容認されないという前提からして、おかしな前提とおもいますが。

あと、どのローでも、レポートなどの提出はPC使用が当たり前でしょうから、司法試験を受ける層が携帯だけしか扱ったことが無いという想定にも無理があると思いますし。

基本セキュリティー関連の問題さえクリアーできれば、PC使うことに何の問題も無いと思うんですが。

投稿: こう | 2012/01/14 14:11

でもリースにしてもコストはかかりますよ。契約にも交渉にもよるのかもしれませんが。

タイピングスキルを云々するのはおかしいというのは、そうだろうと私も思います。

投稿: 町村 | 2012/01/14 17:04

もちろん、コストはかかるわけですが、維持管理に頭を悩ませるぐらいだったら、試験ごとにPCのリースによるコストを選べばよいのではないかと。

この手のコストは見方により評価が変わると思いますが、最大6時間も手を動かした成果が「字が汚くて読めない」とお叱りを受けざるを得ないのならば、この程度のコストを国民側が感受するくらいは個人的には認めてあげたいというかあげようと思います。

もちろん国家試験レベルでですが。司法書士の試験や弁理士の試験も、記述・論文はPC使わせてあげたらどうだろうと思います。

投稿: こう | 2012/01/14 18:06

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