arret:君が代不起立を理由とする減給処分は違法
注目の君が代不起立に対する懲戒処分の当否が争われた訴訟の最高裁判決が下された。
最判平成24年1月16日(平成23年(行ツ)第263号・平成23年(行ヒ)第294号事件)(PDF判決全文)
最判平成24年1月16日(平成23年(行ツ)第242号事件)(PDF判決全文)
事案は微妙に異なるが、基本的な判断は263号等事件と242号事件とで共通している。
判示事項を私なりに整理すると、以下のようにまとめられる。
(1) 卒業式の国歌斉唱において、起立せよという職務命令は憲法19条に違反しない。
(2) 公務員に対する懲戒処分は懲戒権者に裁量権があり、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したと認められる場合に、違法となる。
(3) 本件不起立行為は職務命令違反であり、式典の秩序や雰囲気を一定程度損ない、生徒にも影響がある。
(4) 他方不起立行為は個人の歴史観や世界観に基づくもので、積極的妨害ではなく式の進行を妨げるものでもない。
(5) 本件職務命令の遵守を確保する必要はあり、重きに失しない範囲での懲戒処分は裁量の範囲内である。
(6) 不起立行為に戒告を超えて、より重い減給以上の処分を選択することは慎重な考慮が必要である。
(7) さらに減給や停職処分を選択できるのは、過去の処分歴や不起立行為前後の態度に鑑み、その相当性を基礎づける具体的な事情が必要である。例えば過去の1回の卒業式で不起立行為による懲戒処分を受けただけでは、その後の不起立行為に減給処分をするのに相当性があるとはいえない。また過去1,2年に不起立行為等の処分歴があるだけでは、その後の不起立行為に停職処分をする相当性を基礎づけるのに足りない。いずれも過去の処分の非違行為の内容や頻度等が規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなどの事情が必要である。
以上の基準により、上記両事件では以下のように処分の当否が判断された。
・過去2年度3回の卒業式で不起立行為をし、式典進行の妨害などしていない242事件のX2は、懲戒処分が繰り返されたとしても、停職処分の選択は重きに失し、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量の範囲を超える違法な処分である。
・不起立行為以外に3回の非違行為で懲戒処分を受け、しかもその内容が国旗掲揚妨害、引き降ろし行為、研修におけるゼッケン着用と進行妨害で、他にも校長批判の文書の生徒への配布で訓告を受けていた242事件X1については、停職処分も重すぎないので裁量の範囲を越えた違法性はない。
・過去に入学式での服装を注意されるなどで戒告処分を受けていた263事件X4は、不起立行為をしたことで減給処分を受けたが、処分の選択が重きに失するもので社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量の範囲を超える違法な処分である。
・不起立行為やピアノ伴奏拒否などをしたその他の教職員に対する戒告処分は、重きに失するものではないので、これを違法とした原判決を取り消す。
以上要するに、君が代に対する起立斉唱の職務命令に従わなかった場合に、戒告処分は許されるが、減給や停職処分は原則として許されず、不起立行為による懲戒処分が2回目だとしても減給処分は重すぎるし、それ以上に繰り返されても停職処分は重すぎる。積極的に式典等の妨害行為を行なって懲戒処分を受けていた教職員に限っては、不起立行為で停職処分をすることも許される、というのである。
従来の最高裁判決が君が代斉唱に起立せよという職務命令を合憲としてきたことからすると、一定の処分が許されるとしたことは想定の範囲内といえる。しかし、繰り返された処分で減給や停職とすることを違法としたのは、最高裁がギリギリ立ち止まったものと評することができよう。
しかし、この判決を報じる毎日新聞サイトの見出しは、実にミスリーディングなものである。
戒告処分が裁量の範囲内だとされたことは確かだが、それを超えて減給や停職とする処分は、単に繰り返されただけでは足りないというところに本判決の特徴がある。上記の見出しは、その意義を全く伝えないものだ。
なお、宮川裁判官は、そもそも職務命令で強制すること自体が憲法違反だという、これまでと同様の反対意見をつけている。
加えて櫻井龍子裁判官は、繰り返された非違行為で機械的に加重処分を課すこと自体、社会観念上妥当とは言いがたいとの補足意見をつけており、さらに以下のように述べている。
今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し、これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり、全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである。
全くその通りなのだが、君が代に起立斉唱を命じる側はだから従えというだろうし、反対する側はだから職務命令を出すなというだろう。紛争状態を解消するための「具体的な方策」を見出すのは、現在の状況では極めて困難かもしれない。
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コメント
つまらない感想で恐縮ですが、日の丸、君が代訴訟っていう感じの訴訟が、もし民間企業で行われたとしたら、裁判所の判断の枠組みは変わるのでしょうかねえ。
社旗の掲揚と社歌の斉唱なーんて場合に起立しなかったり、歌わなかったりした場合に従業員が懲戒処分を受けた場合の判断は?懲戒規程にそれが書かれていることを前提にします。
おそらく民間なら適法、なんでしょうねえ。
これが民間企業において、国旗の掲揚と国歌の斉唱の場合は、違法性の度合いが高くなると考えられるのか?
よくわかりませんが、懲戒処分は適法な感じがします。
公務員はやっぱり特別な存在?
公務員法があるからってことになるんでしょうね。
個人的には、こういう騒動で学校の儀式が台無しになるのはやめてほしいと思っています。
このコメント、公開すると騒ぎになるかもしれないので、単なるメッセージということで結構です。
投稿: パームダウン | 2012/01/16 20:41
全く理解不能の判決ですね!!
教育現場の混乱を避けるには「そもそも職務命令で強制すること自体が憲法違反だ」と正しく指摘した宮川裁判官の立場以外取り得ないはずです。
毎日新聞の誤報も橋下徹の教育条例を後押ししているのかと嫌な印象を受けます。
投稿: かおる姫 | 2012/01/16 20:59
パームダウンさん、コメントは自動的に載ってしまうので、申し訳ありませんが公開です。
で、問題は憲法に関わることですから、国家・公共団体が私人に対して一定の強制を課す時に問題になるのであって、民間企業と従業員という私人同士の間では、原則として自由というわけです。
投稿: 町村 | 2012/01/16 21:35
町村さん、コメント&ご教示ありがとうございます。
憲法問題だったのをころっと忘れてました...。
公務員の労働関係はやはり特殊ですね。
そうすると、問題解決のためには、すべての公立学校を廃止して学校法人にすべきってことになりそうです。
なんだかなあ。
投稿: パームダウン | 2012/01/17 11:05
公務員の労働関係だから憲法問題になるのではなく、懲戒処分というのが公権力の行使だから憲法問題になるんですよ。
例えば、公立学校において、国歌斉唱を拒否した生徒を退学処分にしたとしても、憲法問題になりますが、私立学校においては問題になりにくいです(全くならないとは言い切れません)。
投稿: col | 2012/01/17 22:41
こんにちは。
>国家・公共団体が私人に対して一定の強制を課す時に問題になるのであって、
この最高裁判決を受け教育条例の修正案を提示した松井大阪府知事のコメントにもありましたが、
問題は「教職員が学校の式典において」です。
教職員が自宅でスポーツ国際試合を見ている際に流れる「君が代」に対し起立斉唱せよと言うているわけではありません。
また、式典に参加する生徒や来賓に対しても起立を命じているわけでもありません。
式典中は、その学校の教職員は私人としてよりも、学校という組織の構成員としての面を強調され、ある程度の私人が制限されるのは、ごくごく普通のことだと考えますが。
投稿: えまのん | 2012/01/19 16:27
えまのんさん、こんにちは。
確かにプライベートの行動と職務上の行動とでは、規律される範囲が異なります。
しかし、ここで問題となっているのは、思想信条に関わることですから、国や地方公共団体が雇用主だとしても、一定の思想信条を押し付けることにつながる規律はなるべく避けるべきだし、式典における儀式であっても、従業員に対してだって強制するのはなるべく避けるべきということです。
投稿: 町村 | 2012/01/20 13:34