Rwandaの草の上の裁判ガチャチャ
この5人はinyangamugayos = people of integrityと紹介されているが、日本でいわゆる裁判員というよりは、簡裁判事とか、簡裁司法委員に近いものであろう。一人タスキをかけていない女性がいるが、書記官なのか、それとも裁判長なのか?
と思ったら、タスキの上にストールを着用して見えなかっただけだった。→参照
別の写真では、被告人が自分で弁論しているという説明があり、弁護人制度は完備していないか、あるいはこの草の上の裁判では不要とされているのだろう。
ところでこの写真にたどり着いた元記事は、「壊れる前に...」というブログのエントリ。
ここではジェノサイドに対する裁判としてこの草の上の裁判が活用されていることと、その問題性が指摘されている。
そのさらなる元記事はロサンゼルス・タイムズの記事"Rwanda genocide trials leave a mixed legacy"
こちらに載った写真を見ると、さすがにジェノサイド裁判は上記の草の上の裁判の写真のようなのどかな雰囲気で行われるわけではないし、場所も建物の中のようだ。
しかし、仕組みとしては、和解を旨とする素人裁判官による裁判であるところに特徴がある。
ジェノサイド裁判に草の上の裁判が利用されるのは、数が多いからということが第一の理由のようで、そのことが逆に法的正統性の危うさについて批判を招いている。
他方で、草の上の裁判がもつ赦し機能にも言及されており、修復的司法という西洋法文化的にはポストモダンな発想がアフリカ部族社会の伝統に根ざした「紛争解決」と奇妙にマッチするという、世界のあちこちで見られる風景がここにも見られる。
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