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2011/08/10

Kyoto:風評被害と自粛禍の根底にあるもの

京都の五山送り火は、せっかくの企画が仇となって残念な経緯を辿り、その後復活の方向になってはいるが、その過程で顕になった心根のようなモノの存在は消すことができないし、目を背けても問題は解決しない。

経緯は、今のところ新聞記事サイトに出ているので、これをまとめてみる。

asahi.com:津波被害の松を京都五山の送り火に
発端は、大分から始まった。

大分市の美術家、藤原了児さん(61)が、自宅で使う薪を探していたところ、高田松原の松が薪になって売られていることを知り、計画を思い立った。京都の「大文字保存会」に協力を呼びかけると同時に、自ら被災地で薪作りをし、200本を用意した。薪は、計画に賛同する陸前高田市内の「鈴木旅館」や避難所に置き、被災者らがメッセージを書き込めるようにした。

京都の五山送り火は全国的に有名であり、京都自体の知名度もあって、被災者の間でも死者を悼む機会として期待が盛り上がった。

送り火で東日本大震災の犠牲者追悼へ 京都

京都市は、8月6~8日の仙台七夕まつり(仙台市)で祇園祭のお囃子(はやし)が演奏されるのに合わせて職員を同行させる。連合会は専用の護摩木を市職員に託し、震災犠牲者の名前や被災者の願い事などを書いてもらって持ち帰り、五山に分けて燃やす計画だ。

五山の送り火保存会の人々も、特定災害の追悼は初めてだとしつつも、実施前に黙祷する計画を立て、京都市も積極的に関わってきた。

ところが、暗転する。
被災マツ、「送り火」に使われず 鎮魂の思い書かれた薪

企画が報道されると、「放射性物質は大丈夫か」「灰が飛んで琵琶湖の水が汚染される」などと不安がる声が、保存会や京都市に電話やメールで数十件寄せられた。
 市と保存会は7月下旬、すべての薪を検査し、放射性物質が検出されないことを確かめた。保存会では「これで大丈夫」との意見が出る一方、牛肉などの放射能汚染が問題になる中で、「放射能への不安を完全に取り除くことは、世論をみると難しい」という慎重論が消えず、苦渋の決断をしたという。

 テレビのニュースで保存会の代表者のインタビューが流されていたが、放射性物質が検出されないことが判明した後も、なおやめた方がいいという意見が消えず、五山の送り火の行事は一致団結して実施するものだから、異論のあることはできないということになったという。
 執行部的には正しく苦渋の決断だったようだ。

薪問題「不安を助長」 福島県伊達市長が京都市を批判

 問題となった薪は、岩手県のものであり、しかも津波で倒れたという松である。それが放射性物質を含むのではないか、燃やせば京都市内に撒き散らされるのではないかと、そういうある意味非合理的な懸念の声で中止という事態にもなった。
 これには、当の陸前高田市だけでなく、放射性物質に苦しむ地方の首長としても黙ってはいられない。

「根拠のない不安感を助長させ、風評被害を広げ、結果的に東北の復興が遠くなる。決して容認できない」と強く批判した。

その後、逆の批判を受けて、市も保存会も動いた。
被災松、一転受け入れ 京都市、新たに500本取り寄せ

そこで市は、陸前高田市で薪を管理するボランティア団体から薪を送ってもらう約束を取り付け、10日に500本の薪が京都市に届くことになった。終戦記念日の15日に市役所前である平和イベントで一部を燃やす。

 一方、連合会は市の要請を受けて協議した結果、16日の送り火で燃やすことに決めた。送り火は「大文字」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の五つあり、どこで燃やすかは今後決めるという。

 こうした経緯にはいくつか注目しておくべきことがある。
 一つは、市なり保存会なりの団体に対して寄せられるクレームの威力である。クレームが多数寄せられて、それに影響を受けることは、最近よく目立つ現象であって、これはネットの普及に伴う影の部分だというような議論をする人もいるかも知れない。しかしクレームが多数寄せられて圧力として働くこと自体は昔からある。公的な機関がそれで動かされるのは相対的に珍しいが、担当者に対する強いプレッシャーとなって方針を曲げてしまうことは、むしろよくあることだ。個人に対するプレッシャーでは、犯罪加害者の家族に対する世間の仕打ちが伝統的だが、民事関係でも有名な「津ため池隣人訴訟」が直ちに思い出される。今回のように、両方からのクレームで二転三転という経緯をたどったものだ。

弁護士会懲戒の申立てをクレーム手段に使うという大衆的なクレームを煽るアホ弁もいて、その人は今や大阪府知事になっていたりする。こうしたやり方は、範囲を広げていれば社会の至る所で見られる。

こうしたクレームの威力それ自体とは別に、今回の事案で浮かび上がったのは、どうやら日本の人々は原子力災害と放射性物質汚染に対して一種の穢れともいうべき忌み感情を抱いているらしいし、それは原子力災害にとどまらず、震災に対する忌み感情にもなっているということだ。
農産物などの風評被害は、どこまでが風評被害なのか正当な自己防衛行動なのか、議論が分かれる所がある。政府の発表する検査結果や安全基準が信頼に値しないと見られていることもあって、いわれなき警戒とは言い難い。しかし今回のマツの事案は、距離的にも離れた陸前高田市であり、実際計測して放射性物質が含まれていないことがわかってもなお忌避する気持ちは消せなかった。
これはもう物質的な可能性を超えて、心理的な嫌悪に根ざしているのだろう。

そしてそのような心理的な嫌悪は、根拠の有無を問わず、穢れに対する忌みとして日本社会に伝統として保持されているものだし、それが差別を温存させてきた感情でもある。
今回のマツの事案に現れた忌み感情は、原子力災害を受けた地域の住民に対する就職差別や結婚差別という形で現れることもあるだろう。
誤解のないように付け加えると、京都の人たちがそうだといっているのではなく、そのような忌み感情を共有している可能性があれば、それが差別的な行動になるだろうといっている。

さらに、マツの事案でもそうだったように、集団の多くが差別的な忌み感情にとらわれず、理性的行動しようとしても、集団の中に誰か人が差別的な忌み感情から声を上げる人がいれば、結局はその差別的な忌み感情と対決しない限り、それに引きづられることになる。
(書き忘れたので加筆。この集団の中での力学は、いかがなものか症候群と江下先生が名付けたものに共通する。東日本大震災でも、必要もないのに外食を自粛したりして経済をシュリンクする自粛禍にもつながる構造だ。)

そして最後に、その忌み感情は、放射能汚染を恐れる気持ちに特有なものではない。穢れ意識に根ざしているとすれば、大震災で多くの死者を出した被災者全体に対して向けられた差別にも発展する可能性がある。

今回のことは改めてマツを運ぶということになって一件落着のように見える。しかしその混迷した経緯から浮かび上がる忌み感情とこれに基づく差別的傾向にフタをすることなく、きちんと対決しておかないと、差別はなくならないと思うのだ。

(追記)五山送り火:陸前高田のまきからセシウム検出 使用中止

エンガチョの論理が勝ったということである。

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コメント

私の家は左大文字の真ん前なので、陸前高田のガレキからセシウムが出たという今日の産経の記事を見ると、やはり心配になります。今回の件を根拠がないと批判する人は安易に過ぎると思います。今からでも中止を貫いてほしいです。

※【東日本大震災】がれきから放射性物質 岩手・陸前高田市
2011.8.10 13:30
 岩手県は10日、東日本大震災で生じた陸前高田市のがれきから、1キログラム当たり1480ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。県は埋め立てが可能とされる国の暫定基準値(1キログラム当たり8千ベクレル)を下回っており、通常通り焼却処理するとしている。
県は6月29日から7月13日、沿岸被災地のがれきを処理する際、陸前高田市、宮古市、野田村で、がれきに含まれる紙や繊維などを調べた。
 最も高い1480ベクレルが検出されたのは7月12日に採取した陸前高田市の仮置き場に置いてある繊維。同じ場所のプラスチックから510ベクレル、わらからも177ベクレルが検出された。宮古市の木くずからは135ベクレル、野田村ではちりから33ベクレルが検出された。

投稿: かおる姫 | 2011/08/10 17:00

こういうことが起きるたびに「遅れた日本人」という観点で論じられるのは川島武宜先生以来の日本の法学者の悪癖ですね。
日本人が特に非理性的だとは思えない。猫エイズ騒動の時はフランスで猫が捨てられたし、今回の事故でも、外資系企業の幹部が逃げ散ったり、EU諸国が工業製品にも安全証明を要求している。
ヨーロッパ人の知人から、福島の件を理由に、彼の地で放射能測定器が売れているという話を聞いたことがあります。外国から見れば福島も陸前高田も京都も同じようなものでしょう。

投稿: 周辺人 | 2011/08/11 22:24

フランスで猫が捨てられたのは、猫エイズではなく、鳥インフルエンザが猫にも感染するという報道を受けてのものでした。2006年のことです。失礼いたしました。

投稿: 周辺人 | 2011/08/11 23:26

私は別に「遅れた日本人」なんて観点で論じたつもりはありません。

差別意識や偏見がヨーロッパ人になくて日本人にあるという論旨でもないと思いますが。

そのような文意に読み取ったとすれば、そのような文意で論じるに違いないという思い込みがあるのではないでしょうか?

忌みとか穢れというのは、確かに日本的な観念として言われていることですけども、それが他国と比較してどうということではありません。

投稿: 町村 | 2011/08/11 23:43

>東日本大震災でも、必要もないのに外食を自粛したりして経済をシュリンクする自粛禍にもつながる構造だ

外食の自粛というのは経済的に見れば、小売の売り上げと外食の売上げのシェア争いに過ぎませんから、マインドの問題であって、経済のシュリンクとは別のことです。外食の方が経済波及効果があるのかもしれませんが、マインドが落ち着くまでは、外食を煽る事の方がヒステリーに過ぎません。

巨大地震下での通勤障害や計画停電や続発する余震等を勘案すれば、外食が減ること自体は批判できないはずで、外食を控えることを自粛禍と捉えるのは、間違っていると思います。

投稿: こう | 2011/08/12 00:14

「外食の方が経済波及効果があるのかもしれません」とお分かりなら経済のシュリンクと無関係とはいえないでしょう。

それにマインドと言われているところが問題なのであって、単に店がやってないとか交通機関が乱れているから外食しないというのはマインドの問題ではありません。自粛でもありません。

投稿: 町村 | 2011/08/12 00:58

せっかくの見事な記事なのに、コメントが明後日の方向を向いたものばかりなのにはがっかりします。

この記事に対して真正面からコメントされているのは、最初のかおる姫さんですが、がれきから放射線が検出されることと、本件の送り火の薪とは無関係であり、薪はちゃんと放射線を計測して問題ないとわかっているのに、まだあえてこの素晴らしい企画の注意を求めるという感性が、やはり信じられません。

町村先生が穢れ意識と表現された過剰な反応があるから、政府の事故隠しもパニックを抑えるために必要だと正当化されてしまうのだと思います。

投稿: 宮武嶺 | 2011/08/12 01:19

>経済のシュリンクと無関係とはいえないでしょう。
岩手内陸を中心に展開する小売業者は、震災後の3月の売上げが20%以上伸びたというところも存在します。買い溜めは批判もありますが、あれ自体は消費行動ですし、普段消費量が少ないものも消費されるので、外食の波及効果が小売より高くても実体経済には中立的です。なので無関係と書いたのですが。

>マインドの問題ではありません
この一文は良く分かりませんでした。

外食自体は小売と他のサービスで実体的には代替されうる(代替性が高い)ので、「外食」の「縮小」を「特に」問題視する必要性はありません。消費行動自体が総体的に維持されているのであれば、外食の自粛自体は経済に与える景況が殆ど無いといってよいです。見かけ上その業界に金が落ちないだけですから。その分が義捐金に回っていても、消費行動につながれば問題はないわけです。総体を見ずに自粛や自粛禍といって叩く姿勢のほうが、先生の仰る、忌み感情につながっているような気がしますが。

投稿: こう | 2011/08/12 02:59

結局、中止になりました!

これで安心して送り火を見れます。今回の件では、陸前高田のガレキから大量のセシウムが出ているのに、薪からは放射能が検出されていないという情報を鵜呑みにする姿勢を安易に過ぎると指摘しておいたのです。私事ですが、最近、腹膜透析を始めるようになって、臓器移植の問題も当事者として真剣に考えるようになりました。送り火も自宅の目の前で燃やされるので他人事ではなかったわけです。それ故、宮武先生までもが、「中止は残念だ」と保存会に圧力をかけた京都市長並に放射能検出せずというデタラメな情報を鵜呑みにして論評されていて、大変残念に思いました。

※【京都】陸前高田の薪からセシウム…京送り火で使用中止 
陸前高田の薪からセシウム…京送り火で使用中止
  京都市は12日、「京都五山送り火」(16日)で燃やす予定だった岩手県陸前高田市の松で作った薪から放射性セシウムが検出され、送り火で燃やすことを見合わせる、と発表した。

(2011年8月12日15時34分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110812-OYT1T00649.htm


投稿: かおる姫 | 2011/08/12 17:04

やはり、あのかおる姫さんだったんですね、おひさしぶりです。

町村先生の論旨は間違っていないと思いますよ。運んできた薪の表皮からセシウムが検出されたのは結果論。

もし、その量が1キロあたり1ベクレルでも中止にせざるを得ないようなヒステリーが問題なんです。

にわか脱原発ブロガーとして考えさせられます。

投稿: 宮武 | 2011/08/12 19:25

「薪」のセシウム基準値とチェルノブイリの教訓


今回、陸前高田の薪から検出されたセシウムは1130ベクレルであり1ベクレルではありません。送り火が野焼きであることを考慮すれば、この値は、チェルノブイリでの基準値1400ベクレルに匹敵するもので禁止は当然であり、これを非合理だと批判する読売新聞等のマスコミ報道は、冷静さを欠くものです。陸前高田のガレキから大量の放射能が検出されていることから、京都の対応を批判する勢力の狙いが、五山の送り火で実績を作り、放射能まみれのガレキを被災地以外の自治体に受け入れさせようとしていることにあることは明らかでしょう。
▼ガジェット通信 [2011.08.15 05:19:10]
http://getnews.jp/archives/135685

投稿: かおる姫 | 2011/08/15 09:06

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