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2011/07/17

北大GCOE研究会:消費者法の規制とエンフォースメント

北大法学部で昨日7月16日から今日まで開かれていた消費者法シンポジウムは、とても興味深い議論の場であった。

初日はフランスのパリ第13大学のMustapha Mekki教授(民法)とパリ第10大学のSoraya Amrani Mekki教授(民事訴訟法)がフランスの民法および民事訴訟法における消費者法の位置および集団的損害賠償請求制度の立法状況の紹介がなされ、これに北大の池田教授(民法)が日本の集団的損害賠償請求制度の現在の議論状況を紹介し、それぞれについて東大の大村教授(民法)がコメントをつけた。

二日目は、北大の曽野教授(民法)が日本の私法を中心とした消費者法のエンフォースメントを紹介し、コペンハーゲン大学のPeter Rott教授がEUと特にドイツ法を中心とた消費者法の効率的エンフォースメントと題する報告を行い、さらに神戸大学の中川教授(行政法)が消費者法の行政的エンフォースメントと題する報告を行い、これに早稲田大学の瀬川教授(民法)がコメントをつけた。

それぞれの具体的な内容は、いずれ北大法学論集かGCOEの雑誌に掲載されることだろうが、いくつか印象に残ったことを書き留めておこう。

初日のSoraya Mekki教授によるフランスの状況を聞くと、実に日本の状況とよく似ていると思った。クラスアクション型の集団的損害賠償請求制度を導入しようとして挫折した歴史があり、また今も検討がされているが、そこで検討されているのは我が国でいう二段階式の、それもオプトイン型の手続のようである。
まだ有力な案が固まっているわけではなく、報告の素材とされているのは数年前のものだが、民法典の特則として国会に案が出されている他、政府はデクレとして民訴法典の特則を考えているようである。

Soraya Mekki教授の懸念は、第一段階の責任の有無を決定するところで対審原理に基づく審理が保障できるかどうか疑問があること、時効の問題、他の機関における有責性の決定について民事裁判所がどのような立ち位置をとるか、ADRの活用をめぐる問題、裁判官の権限が拡大することなどである。

 日本における懸念と同様に、オプトインが活用されるかどうかも疑問として述べられ、現在ある複数の消費者からの授権を得て消費者団体が損害賠償を請求する制度では広告による原告の募集禁止が定められていることもあり、新規立法にも疑問を投げかけている。
日本では、オプトイン型の選定当事者に於いて追加選定をする原告を広告によって募集することをむしろ奨励しているのだが、一向に使われない。効果的なマスコミ広告は巨額のカネがかかり現実的ではないし、ネットによる広告はまだまだ効果が十分とは言い難いのだ。まあ、それ以前に選定当事者制度など使われていないという問題もあるが。

裁判官の権限拡大という点では、日本とフランスとの裁判官に対する見方の違いが指摘できる。日本の裁判官に対する不信感も多少は出てきたとはいえ、まだまだ日本では裁判官に対する信頼、もっというとお上信仰が強い。制度的にも、民事訴訟制度で裁判官の権限はもともと大きく、当事者進行主義から出発したフランスとは全く状況が異なる。

フランスでも、集団的損害賠償請求を消費者団体が担うとして、消費者団体はそのことによって利益を得るわけではないので、訴訟をすればするほど持ち出しとなるという構造はある。

こうした報告を聞いて、私の感想と疑問。
問題状況は、Soraya Mekki教授も言及していたマウロ・カペレッティのアクセス・トゥ・ジャスティスの時代とほとんど同じに思われた。
日本とフランスとでは、消費者団体の数や規模、経理的な基盤という点で大きく異なるように思われる。日本では、消費者団体の基盤は極めて弱い。歴史の長い、大きな団体が存在するフランスでも、インセンティブが問題となっているようだが、日本で消費者団体に損害賠償訴権を行使させたとしても、それによって訴訟費用や弁護士費用、活動費用が回収できる仕組みがない限り、団体の存続すら危うくなる。訴権を行使すればするほど、団体は貧乏になっていく。
解決策は、消費者団体のための基金を用意して、訴訟提起に必要な費用をカバーするということが現在も行われているが、法律扶助の枠組みで支援することも考えられる。消費者団体の集団的損害賠償請求は、消費者一般の利益のために行使されるのであるから、その費用も、消費者一般、引いては社会が負担するのが筋というものであろう。
その点フランスでどのように考えられているかということを質問したかった。

その他、オプトイン型の手続なら従来の法原理と適合的だというのだが、オプトインであっても、第一段階の訴訟手続に当事者となっていなかった消費者が、第二段階で参加すれば、第一段階の判決の効力を受けるのであるから、当事者以外のものが判決効を受けるという点で従来の原則では説明がつかない制度である。この点も、フランス人はどう考えるのだろうか?

さて、二日目の方は、話題が色々に渡ったので、それはそれで興味深かった。
その中で特に印象に残ったのが、曽野先生の日本消費者法概観の最後に、NOVAケースを挙げて、個別の利益は一般の利益を覆すかという話で締めていたことだ。
そこで言われている一般の利益とは前払いで低価格の受講料を適用されること、要するに安く買えるという利益のようである。
 この種の消費者利益は、他にも色々考えられる。安く買えるというだけでなく、ネット経由で時間と場所の拘束を受けずに消費できる、場合によっては自分から情報発信できる、レアなモノを買える。
 こうした消費者の、いわば豊かな消費生活を安価に実現できるという利益は、取引環境の安全とか安心といった従来の一般的利益とどういう関係に立つか?

 豊かな消費生活を安価に実現できる利益は、消費者に対する商品・役務の提供システムが高度化し、規模の経済と共に低コストになることで実現されている。その体制は、しかし様々な脆弱性を招く。コスト削減のためには、割合的にリスクを抱え込むことも否めない。それが高じると、取引環境の安全安心という一般的な利益が害される。

 このように、豊かな消費生活を安価に実現できる利益と取引環境の安全安心という一般的な利益とはトレードオフの関係にあるのではないか?

 中川教授(神戸大学)は行政命令の実効性について、刑事罰や課徴金に頼らなくても、日本企業は回収命令が出ればそれに従うのが通常ということを述べていた。それは確かにそうなのだが、その前提には、回収命令に到るまでの事故が不祥事としてメディアに取り上げられ、さらには評判が傷つくというレピュテーションリスクがあり、これは、エンフォースメントのメカニズムにおいて無視できない。
 メディアというのは、通常は新聞TVなどのマスメディアが代表的で、今もそれが力をもっていることは事実だ。現在ではこれに、ソーシャルメディアが存在感を増していることも無視できない。

 12月にオランダでクラスアクション関係のシンポジウムがあるのだが、その最初のセッションがマスメディアの役割となっている。このことも無関係ではない。
5th Annual Conference on the Globalization of Class Actions and Mass Litigation

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