arret:小中学校の先生が時間外でする職務関連作業の位置づけ
小中学校の先生が、勤務時間外に行った職務関連作業は、時間外勤務が原則として禁止されているので残業としては扱われない。しかし職務関連作業なのだから、校長などの使用者側は過度な負担とならないように注意すべき配慮義務を負っているとして、配慮義務違反の国家賠償を求めたのが本件である。
これに対して原審は請求を一部認容した。
最高裁は、原判決を破棄して、校長などの使用者に配慮義務違反はないとした。
これらの事情に鑑みると,本件期間中,被上告人らの勤務校の上司である各校長において,被上告人らの職務の負担を軽減させるための特段の措置を採らなかったとしても,被上告人らの心身の健康を損なうことがないよう注意すべき上記の義務に違反した過失があるということはできない。
この最高裁判決の趣旨は、二重に不明確である。
まず、「使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当」として最判平成12年3月24日民集54巻3号1155頁を引いている。
この準則に基づいて時間外での活動についての校長等の配慮義務違反の有無を判断しているのであるから、この注意する義務は時間外活動にも及ぶと解しているように読める。
しかし、上記の最高裁判決は一般企業のサービス残業過剰で過労自殺に至ったケースである。サービス残業の場合は、残業扱いしないとはいえ使用者側の指揮命令下にあるが、本件では教特法違反の時間外勤務を校長等が命じたことはないという前提であり、上記の準則がそのまま当てはまるものではない。
つまり、時間外活動について、校長等の配慮義務が及ぶのかどうかがまず不明確なのである。
他方、原審の適法に確定した事実として引用されているところでは、原告らにどのような損害が生じたのかがハッキリしていない。過剰な時間外活動でストレスがかかって心身に悪影響があったということであろうが、この点について最高裁は次のように指摘している。
原審は,被上告人らは上記事務等により強度のストレスによる精神的苦痛を被ったことが推認されるというけれども,本件期間中又はその後において,外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が被上告人らに生じていたとの事実は認定されておらず,記録上もうかがうことができない。
これは、校長等の配慮義務違反が認められないとする判断の前提として指摘されているが、要するに本件は具体的な損害があったとは評価できない事案だったわけである。
仮に、上記の最高裁判決の事例のように、過労自殺に至った事案だったらどうなのか、ましてその徴候が使用者側にも明らかになっていたという事情のもとでは、時間外活動でストレスがかかったということについて配慮義務が及ぶかどうか、そして義務違反が認められるかどうかは不明というしかない。
このように二重に不明な部分を抱えている本判決だが、いずれにしても校長等の使用者側が「授業の内容や進め方,学級の運営等を含めて個別の事柄について具体的な指示をしたことはなく,また,被上告人らを含めた 各学校の教育職員に対し,書面又は口頭で時間外勤務を命じたことはなかった」という事情のもとで、以下のような時間外活動を行えば、それは自主的な活動であって校長等の使用者側の配慮が必要な領域ではないとされる可能性がある。
・勤務校が京都市教育委員会から研究発表校に指定されたことに伴いその研究主任としての活動を行った
・新規採用者の支援指導
・年間110時間に及ぶ総合学習の準備において中心的役割
・担任する学級の生徒の関係で児童自立支援施設への出張や家庭訪問を行う
・養護施設指導部長及び生徒指導部長としての活動
・ワンダーフォーゲル部の顧問としての生徒の引率等の活動
・下校指導のため午後7時から午後8時頃までパトロールを行う
・教材研究,プリント作成,テスト採点など(放課後又は自宅で行わざるを得ないと認定)
・音楽の授業や期末テスト用の独自の教材の作成や事前の準備
・吹奏楽部の顧問としての生徒への指導
これらが自主的な活動と認定されたからといって、これらをやめてしまうという選択肢は事実上存在しないだろうから、本来は事実上勤務に付随して行わなければならない職務であり、その時間は時間外勤務手当の対象とすべきだ。
そのためには、校長等の使用者側が、これら時間外活動について個別具体的な認識を深めざるをえない状況を作り出し、具体的な指示を書面または口頭で行ったと評価せざるを得ないように、使用者側も巻き込んだ活動形態を取るべきなのであろう。
なにしろ校長等の使用者側が指示すれば、君が代斉唱にも起立しないと処分される程度に強制力があるわけで、上記の活動には逐一校長等の使用者側の明示の指示を仰ぎ、指示がないときは残念ながら時間外活動は差し控えるという程度の対応が必要で、これによって生じる不都合は教育委員会レベルでも対応を協議すべきなのであろう。
時間外活動が教育業務の中に正当に位置づけられるまでには、混乱も生じる可能性があるが、本判決のように自分たちで勝手にやっていることで校長等の使用者側の関知するところではないなどと評価される以上は、これを期にそれなりの混乱もやむを得ないというべきである。
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