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2011/06/21

media:弁護士だらけの政界?

毎日jp:発信箱:弁護士による政治=伊藤智永(ジュネーブ支局)

ジュネーブ支局とかにいると、暇すぎてこんな文章も書きたくなるのだろうか?

地方の資産持ちで、親族の多くは医者か事業家という旧家の当主が、折々に漏らしていた。「あとはいざという時のため、親類に一人ぐらい弁護士がいてもいい」 弁護士の微妙な位置をうまく言い表した挿話だと思う。いないと困るが、できれば用なしに済ませたい脇役的存在。主役になるのは破産管財人の時くらいでいい。それが社会の健全性というものだろう。

昭和40年代くらいまでは、まさにこういう存在と見られていたことは事実である。そしてその頃は、日本社会の前近代性、法的なモノの見方が全くかけていて、力の強い者、声のでかい者、血縁コネのある者が、法や理屈はどうあれ我意を通せた、無理が通れば道理が引っ込む世界だと指摘されつつも、自民党の長期政権のように、あるいは冷戦構造のように、永遠に変わらないのではないかと思われていた。

その前近代性は、もう日本の国民性によるものなのだと思われていた。

その状況は、前世紀末から徐々に変わりつつあったが、大きく変えようとしたのが司法制度改革審議会の意見書をもとにした司法制度改革だ。
この審議会が自らの課題としたのは次のようなもの。

法の精神、法の支配がこの国の血となり肉となる、すなわち、「この国」がよって立つべき、自由と公正を核とする法(秩序)が、あまねく国家、社会に浸透し、国民の日常生活において息づくようになるために、司法制度を構成する諸々の仕組みとその担い手たる法曹の在り方をどのように改革しなければならないのか、どのようにすれば司法制度の意義に対する国民の理解を深め、司法制度をより確かな国民的基盤に立たしめることになるのか。

 ま、ちょっと法・秩序を強調し過ぎで、印象としては息が詰まる様な感じがするが、「法の支配」の意味を冷静に考えれば、規則でがんじがらめになって息もできない社会をつくろうとするのではなく、恣意的な支配権力に脅えながら息をひそめて暮らさなければならない現況からから法に基づく公正な社会に転換して、自由を勝ち取ろうというものだった。

 その方法論では、未だに弊害ばかりが噴出している法曹養成制度をはじめ、評価が分かれるものが多いが、方向として「恣意的な人治から公正な法治」ということに異論はないものと思う。

 しかし毎日新聞的には、どうもこの根本的なところにも異論がありそうだ。記事に取り上げられている自民党長老の言葉は、ある意味正しい。

「弁護士はすでにある法律を正しく使う仕事。政治家は新たに法律を作って国や社会を導く職業。同じ法律絡みでも方向が逆だ。弁護士は政治家に向かない」

 なるほど確かに、要件効果がきっちり定まった法律に基づき、権利義務の存否を判定する作業と、そのようなルールがはっきりしないところで、むしろルールを作って良い社会を作り上げる作業とは異なる。要件効果モデルと目的手段モデル(一定の政策目的を実現するためにどのような手段を用いるかという考え方)とは異質な思考様式だ。
 しかし、弁護士が要件効果モデルを生業にしているかというと、そうでもない。むしろ、法律は一種の道具であり、その道具を駆使して当事者間に幸福をもたらすか(レトリック的にまずいが、最小不幸にするのかでもある)ということをいつもやっている。
 そして、ルールを作る作業も、他のルールとの関係、とりわけ憲法その他の基本法や統治機構の大きな構造についての知識は当然前提とされなければならず、白紙に墨を垂らすような訳にはいかない。

 実はこのあたりが法律家の限界、あるいは官僚政治の悪弊として世間の人とか非法律家の政治家に受け取られているところもあるかもしれない。せっかく良いことを実現しようとしているのに、規則を盾にとって、アレはダメ、コレはダメといってくる抵抗勢力だ、というわけである。
 しかし子供じゃないのだから、既存のルールの中で何をどこまで実現できるか、あるいは実現したいことがあれば、そのために既存のルールをどう活用してどう変えていけばよいかを考えるのが立法者たるものの仕事だ。およそ既存のルールとの抵触を煩わしく思う政治家など、駄々っ子と変わりはない。

本物の政治家には直感と蛮勇、常識外れの執念が不可欠だ。権力の行使には、悪徳をものみ込む度量が要る。正義と論理で世の中渡ってきた弁護士さんがなろうとしても、どこかに無理が出る気がする。

 この記者さんは、政治家に対する並外れた期待と、弁護士に対するステレオタイプな認識があり、それが素直に現れているようだ。素人のブログならありがちな表現だが、とても日本の代表的な全国紙に掲載されるレベルとは思えない。ともすれば、人の能力を、その人のレッテルから短絡的に語ることをしがちで、「弁護士とは・・・」「裁判官とは・・・」「検察官とは・・・」みたいな表現はよく見かける。「学者とは・・・」とかやってる弁護士さんのブログなんかもよく見かけるので、この記者さんだけの特徴ではないが、ほとんど血液型占いと同レベルといっても過言でない。

 ま、こんな風な感想を長々と書き連ねてしまうと、「大新聞とはかくあるもの」というステレオタイプな、それも前近代的な幻想に囚われている証拠なのかもしれない。もうそんな時代ではないのかもと、改めてマスメディア幻滅を確認してしまう、そんな良記事なのかもしれない。

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コメント

今ある現状(法制度を含めて)を知らない人に改善(現状より良くする)ということができるのか?
という命題を与えられている気がします

医学もそうだし他の分野でもそうですが、実践していく中で現状の問題点、課題が見えてきます

法律問題を扱う専門家が現状だけに甘んじていると見做すメディアの見識の無さを嘆きます
(まあ期待しても無理なのでしょうが)

現状の法の実践をできない人が、新しい法秩序を人の役に立つように設計できるという発想が不思議を通り越してあきれてしまいます

改善とは今の秩序を少しづつ良い方向にすることであり、観念的に”良い”方向に突っ走る政治家などは混乱しか招かないことだろうと思います

投稿: Med_Law | 2011/06/22 04:16

Med.Lawさん、コメントありがとうございます。

法制度の場合、専門家や実務家の視点とそうでない人(悪くいえば素人)の視点とが食い違う場合に、素人視点が大事となることも否定できませんから、まあちょっとハメハズシだったかもしれませんが、専門家の知識経験に根ざした視点と素人視点との間合いの取り方が難しいですよね。

いわゆる政治主導が上手くいかないのも、そのあたりの間合いが難しく、取り込まれることなく協働するのがうまく出来ていないことに他ならないのじゃないかなと思います。

投稿: 町村 | 2011/06/22 10:29

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