arret:文書提出命令取消の抗告審が手続的正義に反した事例
特別抗告審で、職権で原決定を破棄差戻した。その理由は「明らかに民事訴訟における手続的正義の要求に反する」というもの。
事実関係はほとんど明らかではないが、時間外勤務手当請求事件で被用者が使用者に対してタイムカードの提出命令を申し立てて、原々審では認められたところ、即時抗告で所持していないと主張されると、即時抗告のあった事実すら相手方(提出命令申立人)に知らせることなく、原決定取消・申立て却下の決定を下したというものだ。
最高裁は、これに対してかなり長い理由とともに裁量権の逸脱を認めた。
(1) タイムカードは本件訴訟で極めて重要な書証で、当事者の主張立証の方針や裁判所の判断を左右するものである。
(2) 文書提出命令申立てに対する手続が本案訴訟の一部をなす。
(3) 本件文書の所持・不所持は提出命令を左右するポイントで、その判断は当事者の主張立証に依存するものである。つまり当事者に攻撃防御の機会を与える必要性は高い。
(4) 原審は不所持を具体的に主張し、一審決定後に提出された書証も引用されている即時抗告申立書を、提出命令申立人に知らせる措置を執らないで、なんら反論の機会を与えないで提出命令を取り消した。
(5) 提出命令申立人は即時抗告のあったことを知らず、知らなかったことに帰責事由もない。
このうち(4)は裁量権の逸脱と認められる原審の訴訟行為そのものであって、裁量権逸脱と判断する根拠ないし理由とはなり得ないものだ。
(1) 本件文書の重要性、(3) 本件争点の重要性と主張立証の必要性、(5) 攻撃防御の機会の不存在、この3点が裁量権逸脱の理由をなす。
微妙なのが(2)の指摘で、即時抗告審の手続が本案審理の一部をなす側面があることが、裁量権の逸脱を基礎づける理由に、直ちになるものではない。
この(2)の指摘は、このブログでもarret:婚姻費用分担審判と手続保障の憲法的保護として紹介した最決平成20年5月8日(決定全文PDF)を意識して、それとの差異を際立たせるものなのかもしれない。
つまり、平成20年の事案は非訟事件についてであり、本件は訴訟事件についてであるから、異なると。
この点は推測の域をでないし、平成20年のケースと本決定とはよく似た事案に正反対の判断を下したものに見えるが、いずれも職権をもって裁量権の逸脱を認めるかどうかという判断であるから、いずれの結論も最高裁としては裁量の範囲内ということになるのかもしれない。つまり訴訟と非訟との区別を持ち出さなくとも、判例の抵触には当たらないというわけである。
形式的にはそのようにいえるが、実質的には、やはり抗告審の審理方法として本決定は平成20年の判断と異なる結論をとったもので、平成20年決定の那須弘平裁判官の反対意見が今回は全員一致で支持されたということになろう。特に特別抗告審で、憲法違反以外の理由での原決定破棄を、職権をもってしたわけで、那須判事をもってしてもためらいがちに述べている解決に今回の裁判官全員が乗ったのである。
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