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2011/02/03

news:表現の自由と民間企業の限界

大変わかり易い例なので、メモ。

毎日jp:サブカル展:中止 「不快な作品」来場者が苦情 東京

西武デパートの渋谷店で開かれていた「SHIBU Culture デパートdeサブカル」という催しが中止になった。その理由は、「来場者から『百貨店にふさわしくない作品がある。不快だ』などという苦情が寄せられたため」と説明され、納得できない出展者たちが怒っているというのである。

サブカルチャーって何だという人は、こんな本をどうぞ。

同展には若手の現代美術家や漫画家、イラストレーターら25人が参加。少女を描いた絵画や少女のフィギュアなどを展示・販売していた。ある出展作家によると、女性の下半身が見えるフィギュアなどもあったという。

出展者のブログには、以下のようなものがある。
ににユイチblog
ムスティークの唄
TOMIZAKI NORI blog

またムスティークの唄さんのページに転載されていたチラシを、ここでも転載しておこう。
F67d6728

時間があったらここに引用されている作家の名称で、さらにググって探しておきたいところであるが、今は仕事が迫っているので省略。

ともかく、民間企業が行うイベントでは、その様々な経済的メリット(一般的な評判やコンプライアンスも含む)が行動の自由に限界として立ちはだかることを如実に示したところだ。

話は飛んで、デジタル革命ともいわれるエジプトだが、確かにネットは既成権力に対する脅威となりうることを示している。しかし中国とグーグルやヤフーの規制をめぐるやりとりや、中東諸国とブラックベリー登場時におけるやりとり(検閲不能な端末は許可しない騒動)を思い浮かべても、むき出しの権力に対して民間企業の力は万能ではない。

アメリカが自由の砦のように振舞っているが、ちゃんちゃらおかしい。

これに加えて、グーグルにせよ、ツイッターにせよ、ポストモダンな感じのするネットワーク企業も上記のような経済的メリットに縛られざるをえない宿命を負っていることをお忘れなく、と思う。なんかグーグルやツイッターを使って行われるコミュニケーションに手放しで喜んでいる言動を見かけると、こんな当たり前のことを忘れてやしませんかと言いたくなるのである。

マイクロソフトが覇権を握っていたiPod以前の時期にアップルは自由の砦のようなイメージを持たれていたが、現在のアップルはすっかり堕ちた偶像となってしまった。

ニッポンの圧力に極端に弱いヘタレ企業グループ(思い返せば日教組vsプリンスホテルなんてのもあった)の例とグーグルやツイッターとを比較するのは無理があるかもしれないが、同じ民間企業であること、とくにツイッターはプラットフォームのようにみんな使っているが、一極集中的な構造を持っていて、それだけインターネット的ではないということを常に思い出すべきである。

ま、今、使っているときに自由ならそれでよくて、後々弊害が出れば乗り換えるさ、というのも一つの割り切り方だし、常にオルタナティブを産み出していくことが可能な環境さえ維持出来れば、それはそれで未来は明るいと思える。でもそのメタな環境は、誰がどういう基盤で維持していくのだろうかと、IPv6の動きなども頭をかすめながら、もやもやと考えるのである。

追記:あと、外国の若者たちは日本のサブカル、特にファッションを見て、こんなことを許容する日本社会にあこがれるということもあるとか。誤解して日本に来て現実に触れて日本嫌いにならないでね。

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