UNIV:AO入試の誤解
asahi.com:AO入試「いい学生集まらぬ」 廃止・縮小の大学相次ぐ
AO入試とは、学力試験を課すのではなく、アドミッション・オフィスが受験生の個別の能力・意欲を評価して入学の可否を決める方式をいう。
この記事で取り上げられている大学は大阪府立大学、京都府立大学、鳥取大、金沢大、広島大といった国公立、そして同志社大学や立命館大学のような私立も含まれている。
もともとアドミッション・オフィス入試という言葉は、入試を特定の日に一斉に行うのではなく、通年オフィスを開いて願書を受け付け、ある程度時間をかけてその人物評価をするということから来ていた。そして通常の入試と同様の学力試験を課さないことは確かだが、小論文のみならず、時間をかけて行う必要のある課題を課すとか、パフォーマンスを要求するとか、「ある程度時間をかける」ことから可能になる選考方法を行い、また優秀な学生を集めるためにアドミッション・オフィスの方から高校へ働きかけるなどの努力をするものであった。
ところが、日本で広まったAO入試は、これと全く異なり、要するに自己推薦入試なのである。通常の推薦入試は、高校長が基本的に成績優秀者だとして推薦し、大学がそれを信頼して受け入れるものだが、自己推薦であれば高校長による選抜はない。そして自己推薦書には何を書くかというと、単に意欲を並べるだけなら作文でいくらもできるので、受験生本人の能力を示すようなエピソードが求められ、資格とかボランティアの実積とかが書かれる。
亜細亜大学は一芸入試で有名になったところだが、亜大がAO入試を導入しようかと検討したときに、これは要するに一芸入試と同じだということになった。
そのようなAO入試がなぜ広まるかといえば、当時の文科省指導のもとで推薦枠が一定割合以内にしなければならず、青田買い的な早期の入学者確保が制限されていた。AO入試はこの推薦枠に入らないということで、青田買いの抜け道となったのである。
そういうわけで、そのような動機でAO入試を導入したところでは、その受験生の学力が高くないであろうことは織り込み済みだったはずなので、今回の動きも大学自身が改革の必要を感じてやっているものとはどうも思いにくい。
記事中で触れられている文科省通知の素直な反映というところであろう。
で、学力試験を課すAO入試というのは、要するに入試時期の自由化・早期化に他ならない様にも思えるのだが、いかがであろうか
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