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2010/07/21

Bar-exam:第1回予備試験と新司の日程

予想されていたように、予備試験と新司法試験の日程が一部重なり合うようになった。

法務省は20日、2011年に実施する6回目となる法科大学院修了者が対象の新司法試験と、同年から始まる、修了者以外でも新試験の受験資格を与える予備試験の日程などを発表した。  新試験は5月11〜12日、14〜15日の計4日間。予備試験は短答式が15日で、7月中旬に論文式、10月下旬に口述式が実施される。短答式の一部は両試験共通で、情報漏えいを防ぐため日程を合わせた。

予備試験は、この短答式を皮切りに、約半年の試験を旧司法試験のように受けて、最終合格を果たしたら、翌年の新司法試験を受けることになる。その新司法試験の内容は、短答式は一部予備試験と重なる内容の上、論文式には実務基礎がなく、実定法の基本的内容理解が問われる。そして、口述もない。

どうも予備試験の方が新司法試験よりも難しそうだと感じてしまうのは私だけだろうか?

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学問・資格」カテゴリの記事

コメント

 私はむしろ,「(実質)旧試験を合格した人間が,新試験をW合格しなければ法律家になれない」ということは,

・両者は別の能力を試す試験である
(全く同じ能力であれば,分ける必要はない。)
・両方とも兼ね備えねば法曹としての適格性がない
(片方で良いのであれば,旧試験併存または新試験は無制限で受けることができる制度で足りる)

 とも読み取れ,今まで旧試験・新試験どちらで受かった法曹も否定されているように感じるのですが。

投稿: <う> | 2010/07/24 13:44

というか、新試の受験資格にロー卒を要求することをやめればいいと思います。

誰でも受験できる完全な自由競争の状態にしてみて、
それでもロー経由の人のほうが合格率が高いのならば、
みんなローに行こうとするだろうし。
これで、いわゆる下位ローも淘汰される(撤退を余儀なくされる)し、
ローの濫立を許した文科省にとっても都合がよいし、
予備試験を毎年実施する負担から法務省も解放されると思う。

だいたい、いまの試験制度設計した人って何を考えてたんですかね。
司法制度改革に関与できるくらいの頭のイイ人たちのはずなのに、近い将来混乱が生じることくらいも予期できなかったんだろうかと思うと残念でなりません。。。

投稿: T | 2010/07/25 20:35

文部科学省(とその眷属)の文部科学省による文部科学省
のための新司法試験ですからねぇ…。

試験はシンプルイズベストなところ、「改革」するたびに
複雑化し不公平になり、かつ抜け穴が増えるというのが
大学入試改革の経験だと思いますけど、当事者のくせに
まったく学習していないのだから救われません。

投稿: passenger | 2010/07/26 07:39

>新試の受験資格にロー卒を要求することをやめればいい
>誰でも受験できる完全な自由競争の状態にしてみて

新司法試験は,法科大学院+新司法試験+新司法修習というプロセスによる法曹養成の一要素を構成している(はずの)ものなので,それは難しいのでは?
この新しい法曹養成制度において,法曹倫理や実務基礎科目,そして試験には直接関係しない選択科目の履修を経ておらず,法律文書(答案ではなく)の起案の経験もなければ法学研究のプレゼンの経験もない人が新司法試験を受験することはおよそ想定されていないように思います(予備試験はペーパー試験に口述試験を組み合わせることで,それらを多少ともカバーしようとするものでしょう)。
私の理解のよれば,新であれ旧であれ司法試験は数々の法曹の素養のうち法律構成能力だけを切り出して検査するものに過ぎず,新司法試験の合格だけで新司法修習や実務に出られるというのは,いわば交通ルールに関するペーパー試験の合格のみによって自動車運転免許を与えることに等しいことだと思います(医師免許などにも言えることだと思いますが,この種の試験では受験の前提として十分なカリキュラムの履修が前提となっているはずです)。
法科大学院での教育内容と新司法試験で問われている内容には一部重なりあう部分もあるものの,基本的にはそれぞれ異なる目的・効果を達成しようとするものであり,そうでなければ意味がありません。

以上は現実を度外視したモデルとしてのお話に過ぎませんが,しかし現実の部分を問題にする最近の論調にしても前面に出てくるのは信用性の疑わしい極めて怪しい議論(たかだか実務に出て2,3年にしかならない新人法曹の質の低下論など)ばかりであり,旧制度への復帰という保守的な結論がありきとなっていることが見え透いています。
仮に現実に問題があるとしても,モデルが正当であるならば,現実をモデルに近づけるための議論をするのが通常であるように思います。

投稿: O | 2010/07/26 19:02

>仮に現実に問題があるとしても,モデルが正当であるならば,現実をモデルに近づけるための議論をするのが通常であるように思います。

たしかにモデルが正当であるならば・・・

しかし、プロセスによる法曹養成の必要性って本当にあったのでしょうか。
基本3年間の高度教育をローで受けたとしても、
結局はたった1発勝負の新試験で合否が判定されている現状です。
ローの成績を加味した上で合否判定を下すなんていう試験制度でもあるのならばプロセスによる法曹養成が多少なりとも実現されているように思いますが、
現実は「点による選抜」が実施されています。

僕は、旧の試験制度のままで論文試験問題を現在の新試験のように長文化し、行政法と選択問題も導入させ、
修習を2年間に戻せばよかったと思います。

投稿: T | 2010/07/27 10:42

>修習を2年間に戻せばよかった
旧司法試験の時代から修習期間が段階的に短縮されていた上、貸与制が導入された現在では難しいのでしょう。

>プロセスによる法曹養成の必要性って本当にあったのでしょうか
私が把握している中で、プロセスによる養成の必要性を訴える一番もっともらしいと思われる議論は、「合格者数を拡大する以上、受験生には専門機関で2,3年しっかりと勉強してもらう必要がある」というものです。
その含意を私なりに解釈すると、一度の試験で検査可能な対象の範囲には限界があることに加え、合格者の枠を拡大することにより試験の精度の低下が避けられないため、「試験では問われない(あるいは試験にはなじまない)部分については大学院のカリキュラムの履修によって修得してもらうことで法曹としての資質を担保しようというところでしょうか。
加えて、従来の制度にはなかった付加価値を実現しようという視点もあるでしょう。
たとえば、現在のロースクールのカリキュラムでは法曹倫理教育が最低半期を費やして行われていますが、旧制度でここまでのことはできません。

>結局はたった1発勝負の新試験で合否が判定されている現状
司法試験は現在でも司法研修所入所試験としての位置づけにほぼ変化がなく、実務修習や司法修習生考試に耐えるだけの、基本科目における法律論の知識の有無に特化した検査を行う必要があるということでしょう。
実務修習や考試で行うことは、時間の制約の下で記録を読み、法律構成をした上で証拠に基づき結論を導く過程を書面に表すことが基本となるため、このような能力を測る上で、いわゆる「試験」の形式による選抜は避けられないことのように思われます。
しかし、現状の出題内容は時間の割に作業量が多すぎるなど(特に公法系の論文試験)改善の余地は沢山あるでしょう。
予想以上の合格率の低下と相まって、これでは学生が試験勉強ばかりに意識が向いてしまうのもいたしかたないと感じます。

投稿: O | 2010/07/27 20:34

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