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2010/04/04

politique:何番目の第三極か?

政治には直接縁もゆかりもなく、選挙運動とか手伝ったりすることもない一般ピープルとしては、与謝野馨の離党と新党結成の動きはバカにしか見えない。与謝野さんともあろう人が、何を思ってのことか?

大体、第3極を目指すといって離党した人たちは、これまでもたくさんいた。少々事情の異なる人々も混じっているが、国民新党になった人々、改革クラブになった人々、平沼氏、それにみんなの党、そして目立つことは目立っていた鳩山弟、そして今回の与謝野・園田両氏だ。

この中で平沼氏は、私は嫌いだが一本筋が通っている気がする。ただし、せっかく筋を通しているのだから、その路線で、是非安倍とか麻生とかの面々を引きつけてほしかった。
国家主義的な保守で、日本の伝統を何よりも大切にするために、若者には滅私奉公的精神教育を施すというマニフェストでも掲げ、隔離、じゃなかった結集すればよい。

そういう傾向の集団に、与謝野氏がついていくというのもまた奇妙な話ではあるが、そうしたいというのであれば、そういう人だったかと思うだけのことである。

これに対して、自民党の補完勢力となるために離党したと述べる園田氏は、要は看板だけ換えて有権者を幻惑しようということだから、存在理由ゼロといってもよい。だいたい、自民党には入れたくないが、民主党はもっといやという人を引きつけるためには、二大政党が候補を立てている小選挙区で、両党に割って入って立候補していなければならない。そしてそんな状況になれば、要するに自民系が複数候補を立てる分裂選挙となるので、望みがない戦いである。
自民党の空白区に候補を立てるならば、とにかく民主がイヤという人の受け皿にはなる。しかしそれは単に自民党として立候補するのと大差ないのである。

かつて自民党の補完勢力に成り下がっていった新自由クラブという政党があったが、この政党ですら結党時はそれなりの理念で自民党とは違う存在を目指したものだ。郵政改革反対とか、自民党の特定の総裁に異を唱えるだけとかが存在理由の「第三極」って、新自由クラブにもなれないのではあるまいか?

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