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2010/04/30

court:証拠保全のデータを裁判所で消去

情けない話ではあるが、現在のレベルでは起こるべくして起こったと言うべきであろう。

毎日jp:福島地裁支部:デジタル記録の証拠消去 原告に1年伝えず

訴訟は、福島県郡山市の医療専門学校を相手に、卒業生の男性(40)が08年3月に提訴した。在学中の02~05年度、同校が無資格教員に授業をさせたとして、授業料など約300万円の返還を求めている。

 男性は授業の状況を立証するため、同校の教職員出勤簿や雇用契約書、学生の出席簿などの証拠保全を申請。同支部は昨年3月4日、裁判官1人と書記官ら4人が同校に赴き、ハードディスク内蔵型のビデオカメラなどで撮影記録した。

 その後、支部職員が私物のパソコンを使い、約90分ある撮影データをDVD2枚に複写・編集する際、「02年度後期出席簿」が映っていた約8分のデータを消去してしまった。同支部は撮影後約1年間、男性のビデオ映像開示の求めに「閲覧に来ても見せられない」と応じなかった。

この事件で、証拠保全を提訴後に行ったようだが、通常はコピー機などを持ち込み、保全すべき部分のコピーをとって調書に添付する。弁護士さんたちのメーリングリストでの会話を読む限りでは、デジカメによることも結構あるようだ。
これに対してビデオによる記録は、判例タイムズ934号に、山門優判事がビデオを使ったカルテの証拠保全の実験結果を論文にしておられるが、これ自体13年前のことで、それ以降活用されているという話は聞かない。

最近の電子カルテのような検証目的物の場合、ビデオによる記録も有効でないかと思われるが、実際にはプリントアウトと調書によることになるようである。→参照:京都地裁プロジェクトチーム「電子カルテを対象とする証拠保全手続における留意点について」判タ1257号12頁以下。

そのような状況下で、この事件でビデオによる証拠保全の記録を行ったのは、原告が本人訴訟であってコピー機やデジカメ等を用意するといったスキルがなく、費用もかかることを慮って、裁判所の方からコストがかからない方法があると持ちかけたようである。
その意味では、裁判所は親切でしたことなのだ。

そのビデオ機は、聞くところによれば、裁判員裁判の模擬裁判を行い、反省会をするための記録用に買ったものということである。
つまり、証拠保全のために用意されたものでなく、証拠保全に必要な留意点を予め習熟しているものでもなかった。

問題は、証拠保全当日に原告本人がカメラで記録したいと申し出たのが受け入れられなかったということも伝えられているのだが、これは誰が拒絶したのか、相手方か、それとも裁判所か、その辺は分からない。

かくして、証拠保全のためにデータを記録したのに、まさにそのデータの保全ができなかったという皮肉な結果となった。なぜ、どうして消去してしまったのかはよく分からないが、担当書記官がデータをパソコンに移すために必要な変換作業の途中で、うまく行かなかったらしい。書記官の用いたパソコンは私物だったというし、データはビデオがソニー製だったために特殊な変換ソフトが必要で、それが使えなかったということでもある。

それはともかく、重要なことは、原本たるデータをまず確実に保全した上で、データの変換等を行うという当然の手順が行われなかったというところである。その後の不手際は、まあパソコンのことであるし、極端な話、突然停電で作業中のデータが失われるということだってあるのだから、その可能性は非難できない。だからこそ、原本データを安全に保全した後に、作業をすべきなのである。

通常、証拠は当事者が提出するし、デジタルデータであれば唯一の原本を裁判所に丸ごと提出して書記官が四苦八苦して読み出すという操作をすることはあり得ない。裁判所のパソコンで読める形で持ってこいというだろうし、通常はコピーだし、プリントアウトも当然のように要求されるので、今回のようなトラブルがあっても証拠が無くなることは普通ない。それは紙媒体の証拠を裁判官や書記官が紛失したというときに当事者の持っているものから復元するということが予定されているのと同じだ。

しかし、今回のように裁判所が原本データを持つというケースは、デジタル化が進めば当然増えてこよう。証拠保全の場合のみではない。今の証人尋問の記録化は、裁判所が録音して、必要があれば反訳や複製を当事者に渡すのであり、録音データが消去されてしまうリスクは当然ある。その録音も、いつまでもカセットテープにアナログで録音する方式ではなく、デジタル録音する方式に変わらざるを得ないであろうし、裁判員裁判用に開発された音声認識索引付け装置にかける場合は当然デジタル録音のはずだ。
そのようにデジタル情報での原記録を裁判所が扱うとき、複製や加工に伴う消去のリスクを避けるには、正本とパックアップをとって、原本とパックアップはいじらず、正本の上で作業をするという手順が必要だし、その場合の原本との齟齬のないことを明確にするシステム(例えばハッシュ関数を用いて検証可能にするなど)が必要である。

こうした手順は、eディスカバリが規則化されたアメリカでは発達しているし、それを是非参考にして日本版での裁判所情報セキュリティ手順を確立してもらいたい。

なお、今回のようなことがあると、デジタル情報を扱う手順をきちんと整えるのでなくて、「やっぱデジタルはあぶねぇ」とばかりに、デジタル機器を使わないやり方に退行するのではないかと、それが危惧されるところだ。
証拠保全をビデオで記録化する試みも、上記の通り裁判所が親切でやったことがアダとなったので、今後はそんな親切心を出さないようにしようということになりがちである。
しかし、デジタル情報を扱う機会は今後も増える一方のはずだから、いつまでも紙媒体で、その方が確実だから、というような発想では通用しなくなる。そうなったときにあわてて処理手順を作る泥縄よりも、今回の失敗を教訓にして、是非、完全性と可用性とを兼ね備えた情報セキュリティ手順を確立する方向に踏み出してもらいたい。

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コメント

いつも楽しく拝見させていただいております。今回もなかなかホットなニュースですね。

ところで、本件は証拠保全といっても検証ですから、裁判官が五官の作用を用いて状態を認識すれば証拠調べ(証拠保全)としては完了しているのではないでしょうか?
ビデオ撮影自体は記録化の一方法にすぎないとすれば、改めて別の方法(本来は調書の記載)で記録化すれば足りることと思いますがいかがでしょう?

また、代理人がカメラマンを連れてきて撮影するのも、あくまで裁判所が本来すべき調書に添付する書類の作成を、代理人が裁判所の許可を得て代わりにやっているにすぎないように思います。
とすれば、原告本人がカメラで撮影したいといったのを拒否したのは、原則論からすれば当然なのではないでしょうか?

証拠保全とか、あまり勉強していないのでよくわからないのでご教授いただけたら幸いです。

投稿: ロースチューデント | 2010/04/30 22:33

証拠調べとしては確かに完結していますが、その記録が残っていなければ、証拠保全をした裁判官の五官の記憶だけということになり、本案訴訟では使えないものとなりそうです。

なお、改めてやることはもはや出来ず、対象の書類は廃棄されてしまったようです。

後段はおっしゃるとおりですが、裁判所が俺たちに任せておけといったのだとすると、ずいぶんみっともない話になりますね。

いずれにしても、裁判所が敗訴するわけにもいかず、国家賠償を請求しようにも、その証拠があれば勝訴したことを立証するにはその証拠が必要でしょうから、これまた無理ということで、あってはならないこととしかいいようがないです。

投稿: 町村 | 2010/05/01 00:03

例えば、被疑者がアリバイのために同様なデジタル情報を、警察や検察に提出して、それを誤って失ってしまった場合、他の証拠物例えば禁止薬物などを「物はあったけど、確認していない」状態で、失ってしまった場合、などに比較して法的責任はどう考えれば良いのでしょうか?

投稿: 酔うぞ | 2010/05/01 00:25

なんか酔うぞさんのいうような事件は実際にあったと思いますが、ただ、刑事の場合は疑わしきは被告人の利益にでかなりの部分は行けます。

これに対して、有罪立証の決め手となった証拠が滅失してしまった場合に、控訴審とか再審とかでその証拠の追証が出来なくなっているというときには、被告人側が困った立場になります。

投稿: 町村 | 2010/05/01 01:44

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