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2010/03/10

Book:白川浩教授の生涯ノンフィクション

帯の広告文句は以下のとおり。
「きらめく才能はこうして削り取られていく」
「元東工大教授が
共に勤務した研究者の半生を
通じて明かす、理工系大学の実態」
「頼まれると断れず、次々と降りかかる膨大な雑用に疲弊し、
ポスト争いや『調整』に翻弄される日々
成果として論文の数を問われるものの、
本業である研究に没頭すること自体がいかに難しいか。
若きエースの苛烈な人生と理工系大学の実態は、
まさに『科学技術立国日本』の裏面史である。」

これを見て、てっきり著者の今野浩氏が苦労した話かと思ったのだが、全然違った。

白川浩・元東工大教授の助手時代から逝去までに関わった師による、オマージュであった。

内容についてはもう読んでいただくしかないが、時代は1989年から2002年まで。国立大学関係者は、この時期を彩るキーワードがすぐ思いつくであろう。すなわち教養部の解体・分属、そして大学院重点化と改組である。この時期はまた独法化の前夜でもあり、法学部的には法科大学院構想シンポの乱立期でもある。
まさに激動期のピークだが、この本の著者は実は筑波大学創立メンバーなので、そこでの苦労が背景にある。著者は筑波から東工大に移籍した時のことを「鉄の玉を引きずっていたジャン・バルジャンが、9年目の朝突然釈放されたような無重力感」と表現している。
また、移籍した東工大のポストは、人文社会群の統計学の助教授ということで、解体・分属前夜の教養部でもあった。

これだけでもかなりのドタバタが予想されたが、若き助手候補として登場する白川浩氏が主人公であることは、19頁まで読み進めないと分からない。
かくして指導教官から「ちょっと変わったところがあるので、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれません」と言われて登場する白川助手が、その天才と人当たりの難とを存分に発揮しながら、理財工学研究センター教授として病に倒れるまでの物語が始まる。

白川教授の業績は、純粋文系の私にはよくわからないのだが、要は金融工学の先駆的学者だった。
すなわち、ファイナンス部門へ応用された数学であり、投資と金融商品、デリパティブの基礎を形成したということのようである。
そうなると、リーマンショックで顕在化した、脆弱な金融工学を思い浮かべてしまうが、ソーシャルレンディングを想起させるインターネット・ファイナンス・プロジェクト(倒産リスクの開示を手がかりに、個人がネットオークションを介して中小企業への融資を行う)を構想した人でもある。

本の中身は、帯の文句から想像されるような理系大学の、それも教養部解体に伴うドタバタが主題ではない。大学の組織の変動・改革は確かに物語の縦軸となっているし、著者にとっては大学改革の中でいかに疲弊しつつセンターを立ち上げつつ業績を残したかということが大問題なのだが、この本の中心は、天才応用数学者の生き方であり、様々な師や共同研究者との人間関係、軋轢、そして天才が論文・著書を量産しないのは何故かというあたりにある。

ともあれ、私にとっては身近な世界の異次元を垣間見た気分で、睡眠時間を削って一気読みする迫力のある書物であった。

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コメント

 私も、店頭に出た頃にすぐに買って読みました。
 そこの大学院を受験したいという学生もいたこともあって手にしたのですが、なんともはやと。
 そろそろなんとか貢献というのをやめて、どうせ役立たずだから好きにやるという原点に回帰したらどうかなと思いました。

 現在、大学の歴史ものを数冊読んでいるところですが、大学はその黎明期の頃からずーと改革の圧力にさらされ続けた歴史だったようで。現状の改革の嵐は昨今の出来事ではなくて、むしろこれこそが常態、これが大学というものだったのかと。ということは好きにやるというのが原点ではなくてそちらこそ幻想で、がーがー言われるのが宿命で仕事なのかもしれません。狂人になれば放置してもらえますが、これ以上、狂人にもなりたくはないし、せめてあんな風に疲弊するような目にだけはあいたくはないなと思います。
 うまくしのぐための本などあれば、ぜひ読んでみたいものだと思います。

投稿: 鈴木正朝 | 2010/03/10 17:00

 私も読みました。
 ここまであけすけに大学の内情を暴露した本を、私は他に知らない。

投稿: 井上 晃宏 | 2010/03/25 22:01

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