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2010/03/17

arret:グロービート・ジャパン最高裁決定

最決平成22年3月15日PDF決定全文

1 インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の表現手段を利用した場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではない。
2 インターネットの個人利用者による表現行為について,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて相当の理由があるとはいえないとして,名誉毀損罪の成立が認められた事例

第1審が個人によるネットでの表現行為についてはメディアと異なる判断基準で名誉毀損の成否を決めるべきだと判示して一躍有名になった事件の最高裁決定である。

最高裁はインターネットの個人利用者による表現行為と名誉毀損の成否について職権で判断するとして、以下のように述べている。(引用者が文章を区切って番号を付している。)

(1) 個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって,おしなべて,閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって,相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。 そして, (2) インターネット上に載せた情報は,不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能 (3) これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること, (4) 一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく,インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないこと などを考慮すると, (5) インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当 (6) より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない
以上が一般論であり、これを本件に当てはめて考えると、被告人が依拠した資料が「商業登記簿謄本,市販の雑誌記事,インターネット上の書き込み,加盟店の店長であった者から受信したメール等の資料」であり、「このような資料の中には一方的立場から作成されたにすぎないものもある」と評価されている。 さらに、 「フランチャイズシステムについて記載された資料に対する被告人の理解が不正確であったこと, 被告人が乙株式会社の関係者に事実関係を確認することも一切なかったことなどの事情」 を認めて、「確実な資料,根拠に照らして相当の理由があるとはいえない」と評価している。

一言でいえば、他のメディアと同等に確実な資料、根拠に照らして相当な理由がなければダメだということだが、具体的にどうすればよかったのかというと、この決定文で特に指摘されているのが反対当事者である乙会社関係者に事実関係を確認することである。
全体を通じて、一方の言い分だけを鵜呑みにして、他方の言い分を全く聞かずに、社会的評価を低下させるような批判をすることは、それが真実だと証明できないときに法的責任を生じさせるということが示されている。

このこと自体は当然のことだ。
もっとも、名誉毀損罪で刑事立件することの萎縮効果を考えると、この件を起訴して有罪判決で終わらせることの弊害は大きいように思う。このケースでは民事紛争として解決することが望ましい。

なお、カルトかどうかについてや、フランチャイズの問題性についても、この刑事判決によりすべて解決したのかどうか、疑問が残るところだ。個人の調査能力では限界があり、その限界の中で疑いを表明すれば刑事立件されてしまうというのであれば、結局行政頼みしかないということになる。

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コメント

わたしには、時代錯誤というか、インターネットを庶民が使える時代に、これでどうしろと言うのだ?
といういう「時代に沿わない判決」という印象が極めて強いです。

少なくとも、この種の問題を解決する方向性を示したとは言えず、ますます混乱する方向に向けたと思います。

投稿: 酔うぞ | 2010/03/17 16:15

>個人の調査能力では限界があり
とはいえ、この手の事件だけ特別扱いする必要があるのでしょうか?
インターネットにおいて個人が名誉を毀損するような事実を摘示した場合のみ真実性の要件を緩和するのに、果たして実質的な理由があるか、議論の余地があると思います。
もともと個人だろうが、「確実な資料、根拠に照らして相当の理由がある」か否かを基準とすることは確立した判例法理ですし。

投稿: 学生 | 2010/03/17 17:21

 あえて、反感を招くかもしれない意見を述べさせていただきます。
>全体を通じて、一方の言い分だけを鵜呑みにして、他方の
>言い分を全く聞かずに、社会的評価を低下させるような批
>判をすることは、それが真実だと証明できないときに法的
>責任を生じさせるということが示されている。
>このこと自体は当然のことだ。
 私も先生のこの意見と同様に考えております。私は、表現の自由は、絶対に守られるべきだと信じております。よって、個人がブログ等で自らの意見を表明する事は、守られるべきであると思いますが、先生の意見と同じような責任はあると考えます。その上で、先生の
>この件を起訴して有罪判決で終わらせることの弊害は大き
>いように思う。
にも同感(おこがましいですが)です。

 が、インターネット利用者に、本件個人ではなく全体として、何か勘違いをしてしまう傾向があるのではないか?と感じております。
 個人が、自由に意見を発表する際、一部の方に、いわゆる「全能感」が生じているのでは?と不安になることがあります。意見の中身の当否は別として、書き込みを行う際(今の私もそうかもしれませんが)、自分の能力以上の力を得た錯覚を、特に「正義感」を抱いた時に、もってしまっているのではないでしょうか。ある程度以上、情報を収集できるようになると、特にその傾向があるように感じます。その思想的背景等は別として、某国会議員のブログが炎上した件も、その国会議員が、一種の「全能感」を無意識に持ってしまっていたように感じます。更に付け加えれば、そのブログの内容に対し、コメントを書いた方も同じ感覚を持っていたように感じます。
 自分を含め、何らかの書き込みを行う際には、一歩立ち止まり、自分が何らかの感覚に陥っていないかを考えるべきだと思います。
 以上、法律論から(いつもながら)離れてはいますが、今後、同様な事件が発生した場合、表現の自由を規制するような立法を許さないためにも、自制を込めつつコメントさせていただきます。

投稿: はる | 2010/03/18 18:53

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