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2009/10/10

finance:亀井モラトリアムと石原銀行の末路

亀井金融相によるモラトリアム構想は、結局形を変えた税金ばらまきに落ち着きそうである。
しかし、その不毛さは新銀行東京の哀れな姿を思い起こしても、明らかではないか。

まとまりそうだと報じられているのは、簡単にまとめると、銀行に対して融資の引き上げや新規貸出停止をしないように努力義務を課し、それに応じて返済猶予や貸出に応じたところについては、万一焦げ付いたら国庫が補填するというもののようである。

asahi.com:亀井・返済猶予、検査基準緩和も検討 具体案は公表せず

これまでの検討の結果、猶予の期限は3年程度とし、対象には住宅ローン利用者も含めるとみられる。各地の信用保証協会と連携し、猶予による損失が生じた場合、国の緊急保証制度を使って事実上政府が肩代わりする仕組みも盛り込まれる見通しだ。

焦げ付いた場合に政府保証がつくなら、一転して銀行にとってはおいしい話となる。リスクをとらなくて良くなるのだから、破綻が明らかとなるまでは融資を継続するであろう。おまけに破綻懸念先として不良債権扱いする必要もなくなるなら、ますますである。

その結果は、同様に中小企業に対する貸し渋り・貸しはがし対策として構想された新銀行東京と同じように、経営再建が可能かどうかにかかわらず、融資を継続し、あるいは新規融資をし、大量の焦げ付きを出すことになる。
新銀行東京の場合はさらに、実績を上げると称して融資拡大が至上命題となり、そこにつけ込んで破綻確実な企業までもが紹介されて融資を受けた。
その結果は、ザルで水をくむような税金の垂れ流しとなったのである。

この結果を避けるべく、審査基準を厳しくしようという発言も出ている。朝日新聞の記事にも、事実上の政府保証がつけば、焦げ付きを税金で穴埋めすることになるため「再建計画の慎重な審査が必要だ」(日本総研の湯元健治理事)との指摘が紹介されている。
しかしながら、経営が行き詰まった企業の「再建計画の慎重な審査」を厳格にやるならば、結局は貸し渋り・貸しはがしを事実上行うことになる。その上、この「慎重な審査」が行われているかどうかを金融庁や預金保険機構などの「官」が決めるということになれば、柔軟妥当な運用ははじめから望めず、一律の基準を適用する「公平」で融通の利かない検査が行われ、それに合わせた銀行の審査も融資対象企業の再建可能性を実質的に評価するものよりも、形式的な基準で切るということになりがちだ。
これでは、現状よりもよほど悪くなる。

結局のところ、不当な貸し渋り・貸しはがしを防ぎ、実質的に再建が可能な将来性ある企業に融資を継続し、他方で焦げ付きリスクを可能な限り避けるという二律背反的な課題に直面するわけだが、この課題は、なんのことはない、銀行をはじめとする金融機関が常に行っていることそのものである。

金融機関は融資を受けて元利金をきちんと返してくれる企業に積極的に融資し、焦げ付くおそれを可能な限り回避することに原理的なインセンティブを持っている。本来は、この二律背反状況の中で適切なバランスをとったところに、融資の審査基準がある。
このバランスがバブルのため、あるいは不況のため、崩れているところに現在の問題があるが、ではそのバランスを政府官僚や公的機構が審査することで肩代わりできるかというと、まず無理な話である。そのことは新銀行東京の末路が実証している。
融資がうまく行くことに経済的なメリットを受けず、逆に焦げ付いて税金投入することをリスクと感じない人々が作る融資基準など役に立たないに決まっているのである。

結局、亀井モラトリアム構想は、銀行・金融機関に不自然な規制をさらに押しつけるとともに、リスクから解放し、その焦げ付きのツケを税金で穴埋めするという最悪の制度になりそうだ。
そうなったときに亀井氏がまだ政治家をしていたら、批判をかわすためにオリンビック誘致運動を始めても、私は驚かない。

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コメント

はじめまして。
いつも町村先生には多くを教えられております。

さて、昨日あたりから、「捨印の恐ろしい話」という話題が注目を集めております。
http://slashdot.jp/security/article.pl?sid=09/10/09/0023242
http://www.rentai-forum.net/yakudatsu02/02.htm

「捨印を金融機関に提出すると、ありもしない債務をでっちあげられて、それを裁判で無効にすることもできない。それは民訴法228条4項による。

という内容が流布しているのですが、どうも本当かなと眉に唾をつけて眺めております。

捨印によって作成された身に覚えのない私文書の有効性について、信頼の置ける論文等をご呈示いただくことは可能でしょうか。
よろしくお願いいたします。

投稿: 宮嶋陽人 | 2009/10/10 11:50

信頼できる論文というのは、すぐにはでてきませんが、捨て印が危険のある行為であることは事実です。

訂正印として使えますから、捨て印を押した文書を相手に渡す行為は一定の内容訂正を相手に委ねることに外なりません。

ただ、文書の形式が整ったものなら、白紙委任状のように何でも書けるということにはなかなかならないでしょう。
印鑑が押されていても、本人の意思に基づいて作成されたとされる民訴法の規定は、あくまで推定ですから、通常あり得ないような訂正の仕方をされていれば、その推定は崩れるでしょう。

いずれにしても、むやみに捨て印を推す物ではなくて、金融機関など信用が置けると判断して良い相手に限るべきだと思います。

信用力のなさそうな業者まで当然のように捨て印を要求してきて、いい加減にしろと思うこともあります。

投稿: 町村 | 2009/10/10 15:19

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BA%E6%9D%91%E6%B3%B0%E8%B2%B4
H大学で教えていて、町村とか言う類推できる名前であれば、どういう人かと言うのは簡単に分かるものです。ウイキで堂々と正体を披瀝されていて、華麗なる一族の家系図も乗っていたりして、故人のプライバシーは無いも同然ですね。ですから、ブログを実名で名乗ってもなんら問題無いのではないでしょうか。これは、素直な感想です。

投稿: やまだひろなが | 2009/10/10 23:41

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