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2009/10/22

action:ウミスズメが訴えを起こすも、却下!

報道によると、中国電力の上関原発関連の埋め立て差止め請求訴訟で、原告にカンムリウミスズメその他の野生動物が名前を連ねていたが、2009年10月20日に山口地裁が訴え却下判決を下した。

この事件の経緯については上関原発 最新情報長島の自然を守る会 スナメリ通信など参照。

野生動物が訴えを提起した例は、日本ではアマミノクロウサギに始まる。いわゆる自然の権利訴訟というものだが、当然ながら裁判所が認めた例はない。

野生動物を原告名にすることのシンボリックな意味は、もちろん、これまた裁判所が認めようとしない環境権のラジカルな表現である。
環境権というのは個人が自分の利益のために有する権利ではなくて、自然環境を享受する人類の権利であるので、直接の危害や危険があろうとなかろうと、誰であっても、どの自然破壊についてであっても成立する。客観訴訟という言い方もする。
訴訟を起こそうとする人間が、自分の利害を守るべく権利を主張しているのではなく、環境そのものの保護を求めているのだということを表現するには、守られるべき環境そのものを原告に据えるのがもっとも適切だということで、野生動物、あるいは海とか山とか川とかの自然物そのものを原告名に置きたいのである。

だから、これに対して既存の民事訴訟理論の理屈で不都合を主張しても、それは難癖でしかない。既判力が誰に及ぶかとか、誰を呼び出したらよいのかなどということは些末なことに過ぎない。もともと自然破壊の差止めは、既判力はともかく差し止めする・しないの効果は全人類に及ぶのだから、重要なのは人間のうちの誰がその実行を強制する立場に立つかであり、訴訟上の当事者権を認められる人が誰かというのと同様に、誰かが代理人の資格で強制執行することができればよい。

もっというと、本質的に自然環境保護に動いている人は、守られるべき自然・環境の代弁者に過ぎないのだから、そう扱った方が、事態に適合的でもある。

というわけで、現行法体系とは全く相容れないところで、それなりに成立している考え方なので、既存の法律の仕組みとの対話は困難である。

せいぜい、既存の法的枠組みの中では、動物や自然物の名称を関した権利能力なき社団という扱いにして当事者能力を認めましょうかというくらいが関の山で、これも自然こそ主権者という立場からすれば、問題を不当に矮小化する対応に聞こえるのであろう。

ただし、自然物そのものを原告にすることにはハードルが高すぎるとしても、客観訴訟を立法で取り入れることは困難なことではない。その例は、選挙訴訟、消費者団体訴訟などがあるし、行政事件訴訟法にも「民衆訴訟」なる用語で受け皿がある。あとは、環境訴訟に特別の立法をすればよい。
それをしないのは、現在の民主党政権も含めて、市民が市民の都合で開発の邪魔立てをすることを抑止したいという、為政者側の意思の現れである。

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コメント

 そもそも訴訟委任の疎明がないのではw
 それに種類生物(種類物)のクラスアクションだから不適法?

投稿: キメイラ | 2009/10/23 01:01

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