copyright:写真を撮ったら著作権で同じ被写体の写真は撮れない?
反射的に、そんなばかなと叫びたくなるような言い分だ。
が、写真に著作権が生じる根拠を考えてみるならば、写真の複製だけでなく、その写真がもっている構図や光線の具合、シャッターチャンスなどを真似て同じような写真を撮れば、ひょっとしたら著作権侵害と言うことになるのかもしれない。
富士山の絵を描くにしても、他の画家と同じような構図と効果で真似れば、依拠した複製ということになる。写真もまた同様と解される可能性もある。
しかし廃墟だからとか、同じ模様だからとか、そういうことで権利侵害になるものではないだろう。ありふれた表現は誰が表現しても同じというのと同様である。
最後は、その写真と現物を見て評価するしかないであろう。
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コメント
原告代理人です。
富士山の写真ならば,そんなことはいいません。
「みずみずしい西瓜事件」等の過去の裁判例を踏まえつつ,先行作品の創作的な部分が後行作品において看取しうるか等の観点から,写真目録も厳選しています。
投稿: 小倉秀夫 | 2009/02/07 14:39
廃墟写真といっても,構図(撮影ポイント)が極めて異例で特殊ですし,キャンプションの誤記(誤変換?誤解?)までクリソツ・デッドコピー類似なんで,極めてぁゃιぃキャンプション付き写真を後発で発表されたと思います。
投稿: キメイラ | 2009/02/07 17:10
テレビで紹介されたのを興味深く見ました。
企画全体としてみると、後出しジャンケンとかパクリと言われても仕方ないと思います。
問題は、商業写真の著作権がどの範囲を指すのか?という、ことなのでしょう。
わたしの居た機械業界は、アイデアは保護されないという前提でやってきました。
法的な意味ではなく、文化的な意味です。
その代わり、意地でも別の方法で同じことあるいはもっと良いことを実現してやる、という競争が激烈でありました。
そんな事を考えると、一般化して考えるのは法的には正しくても、文化的には常に根正しいとは言いがたい状況が出てきそうです。
多分、法律はそういう文化面によって異なる判断が出てくる部分まではなかなか踏み込めないとは思いますが、民事では互いの関係性等まで総合して判断する、というのはアリなのでしょうね。
投稿: 酔うぞ | 2009/02/07 21:23
家電業界では,当時の松下電器がマネシタ電気と呼ばれていましたが,開発トップ製品を徹底的に研究して,質と機能を向上しつつコストダウンを図るという努力で,2番手でありながらシェアのトップに踊り出すという離れ業を続けました。
しかし,今回の構図の上に誤字までデッドコピーを後発するのは,ただの猿真似と言われても反論できないでしょう。著作権法は分かりませんが,ビジネスモデルとしても,同業者のモラルとしても。
投稿: キメイラ | 2009/02/07 22:42
確かに、小倉先生の仰るような主張は「みずみずしいスイカ」控訴審判決からすればあり得そうな気がします。
依拠があまり問題にならないのならば、後は理論的側面として被写体たる廃墟の選択についても創作性が認められ保護範囲に含まれるかどうかでしょうね。
富士山のような単なる風景とは違い、廃墟写真にはある程度どの廃墟のどの部分を被写体とするかに選択の余地があろうと思われますので、デッドコピーに近いという事情を踏まえれば十分主張が通用しそうな気がします。
今後推移を興味深く見守らせていただきます。
投稿: 元法務部員 | 2009/02/07 22:54