ついにボツネタもcomment承認制へ
最近、明らかにヘンなコメントや荒らし目的しかなさそうなコメントが毎夜のように現れては消されていたので、来るべきものが来たというべきか。
荒らし目的の連中は、自由に書き込める場を無くして満足かな。
従来は自由に書き込んでも管理人さんに迷惑をかけることなく、かえって有用な情報提供ができた。コメント承認制だと有用な情報提供でも必ず管理人さんに一手間かけることになり、残るのはそういう気遣いと無縁なお子ちゃまばかりなりとなりかねない。
小倉さんも落合さんも岡口さんも、有名どころが軒並みコメント承認制になってしまったのは、共有地の悲劇の一つの側面を示唆している。
繁華街にプライベートパークを作って出入り自由とするのは土台無理なのだろう。会員制とするか、許可制度にするか、サンクションでコントロールするか、いずれにしても水と安全はただではないということが再確認される仕儀である。
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コメント
昔から繰り返していることではありますね。
投稿: 酔うぞ | 2008/11/04 09:02
本当に古くて新しい未解決の問題です。アルパネットのころの性善説システムに郷愁を覚えますけど、もうダメポかな~。
投稿: ハスカップ | 2008/11/04 12:56
いま見てきたら承認制が解除されてました。
投稿: キメイラ | 2008/11/05 18:20
今見てきたら、岡口さんのHP全部なくなるそうです。
一人か二人の心無い人間の為に、ボツネタがなくなるなんてあまりにも惜しいです。
せめて、どなたか、引き継いでくれる人か、更新がなくても、今のままネットに保存してくれる人が現れないものでしょうか?
ここ何年か毎日のように見ていたし、実際に裁判その他でもどれだけ助けられたか分かりません。
ボツネタの存続を心から願うものです。
投稿: かおる姫 | 2008/11/08 01:10
度重なる出張放火でも「管理人常連防火壁」で潰れなかったブログが、わずか1名~数名の犯罪予告報道で閉鎖になるのは忍びないです。客観的中立的な運営をこころがけてユーモアも織り込み、それでいて専門知識や司法の実情の啓蒙に功績も大なブログだけに。
裁判所書記官の某コテハンが、職場電凸でネット引退に追い込まれた事件を思い出しました。
投稿: キメイラ | 2008/11/08 02:03
>、いずれにしても水と安全はただではないということが再確認される仕儀である。
偽ユダヤ人イザヤ・ベンダサンこと山本七平の妄言が、このブログの管理人のようないわゆる「知識人・文化人」にもいまだに盲信されている事をみると、日本の「知識人・文化人」の教養の程度が如何に低いかは推し量れようというものです。
石器時代ならいざ知らず、少なくとも縄文時代や弥生時代以降は「水と安全がただ」であった事実は、日本においては、絶対にありません。
投稿: 福田恒存をやっつける会会長 | 2008/11/12 15:44
間違いでした。
↑のコメントは、このブログのどこかの記事で読んだ、「いずれにしても水と安全はただではないということが再確認される仕儀である。」という文章についてのものですが、コピーして、コメントを書く作業をする際に余計な操作をしてここで投稿するようになったようです。
どこでその文章をコピーしたのか今捜しましたが分かりません。分かったらまた投稿します。
投稿: 福田恒存をやっつける会会長 | 2008/11/12 15:54
2つ上のコメントについてですが、「いずれにしても水と安全・・・」という文章が記載されている記事を今年の5月分まで、編集の文字列検索機能で探しましたが分かりませんでした。どうも他のブログの記事と混同してしまったようで、管理人さんには申し訳ないことをしてしまいました。お詫びいたします。
投稿: 福田恒存をやっつける会会長 | 2008/11/12 16:22
何が言いたいのかよく分からないのですけど、その「いずれにしても水と安全・・・」という文章はこのブログのどこかで最近書いた覚えがありますから、間違ってはいませんよ。
でも山本七平が妄言をいったからと言って、そのフレーズを別の文脈で利用して悪いという方はないでしょう。
水と安全はただという事実がないということですが、それが何か?
水と安全がずっと有料だったからといって、そのことを再認識することがおかしいですか?
投稿: 町村 | 2008/11/12 19:15
ちなみに上記の引用されたフレーズは
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/11/comment-e14f.html
こちらで書いていました。
右側のココログマークの上にある検索窓に「いずれにしても水と安全」とコピペして、「このブログ内で検索」を選んで検索するとトップに出ました。
で、その記事を読んでも改めて、ブログを安全に行うのに多大なるコストを払わなければならないと再確認するわけですよ。
投稿: 町村 | 2008/11/12 19:28
お詫び
>水と安全がずっと有料だったからといって、そのことを再認識することがおかしいですか?
今日このブログに来て、11月12日に投稿した私の文章に対する町村さんのコメントを読み、元の記事を読み直しましたら、誤読していた事がわかりました。
>いずれにしても水と安全はただではないということが再確認される仕儀である。
を、「いずれにしても水と安全はただであるということが再確認される仕儀である。」と読んでしまったのです。
そのように誤読した理由は「水と安全がただである」という山本七平のばかげた主張があまりに人口に膾炙しているために、「水と安全がただ・・云々」というような文章を見ると、「水と安全はただである」という風に読んでしまう癖があるようで、そのせいかどうか、たまに「水と安全はただ「ではない」」というような文章を読んでも、「水と安全がただである・・云々」と書いてあるというふうに即断・誤読してしまうことのようです。
落ち着いて読めばよいのですが、根っからの山本七平嫌いの私は、彼の「水と安全・・云々」という説の孫引きをしている文章をブログなどで読むと、そのことの誤りを、少しばかりの軽蔑をこめて、指摘する文章を投稿することが癖になっているもので、今回もろくろく文章も読まずに、はや合点して文章を曲解してしまいあのような文を投稿してしまいました。
はや合点の果ての仕儀とはいで、町村さんには本当に申し訳ありませんでした。幾重にもお詫び申し上げます。
投稿: 福田恒存をやっつける会会長 | 2008/12/11 14:53
これはご丁寧に、どうも。
朧気な記憶では、イザヤ・ベンダサンは「日本人は水と安全がただだと思っている(けどそれはナイーブだ)」という趣旨のことを書いたんではなかったですか?
あるいは、これまたニセ外人疑惑のポール・ボネだったかな?
投稿: 町村 | 2008/12/11 15:01