« site:アジア歴史資料センター | トップページ | 福田首相siteが炎上ならぬ凍結 »

2008/03/29

法科大学院認証評価symposium

法科大学院認証評価symposium
日弁連法務研究財団のシンポである。

たくさん不適合が出た直後だけに、注目であった。

柏木昇先生は、司法試験対策について、司法試験が問える能力は法曹に必要な能力のごく一部なのに、それに偏った教育では法科大学院に求められている教育をしているとは言えないという。
続いて京藤先生は法科大学院の立場から、司法試験対策を完全に切り捨てることは出来ないものの、それでは足りないということを学生さんにどう分かってもらうかが大変だという。
馬橋弁護士は新旧の60期に接した経験に踏まえ、司法試験は点であること、修習で求められる事実認定能力や一定の立場からする法的構成能力を記録から出来る能力を鍛えてもらわないと困るという。

答案練習については、法律家のする起案が記憶に頼ったものではなく調査能力と分析能力総合能力が必要であることから、実務では役に立たないという。
京藤先生は、法科大学院でどういう書かせる訓練をしているか紹介し、実力が無くても技術で合格できるのではないかという意識でのアウトプットの訓練を求めるのは無駄だし実務に必要な能力養成にならないという。

以下、議論はなおも続く。

|

« site:アジア歴史資料センター | トップページ | 福田首相siteが炎上ならぬ凍結 »

コメント

京藤先生の言うことは、逆に言えば、実力があれば、アウトプットの能力が無くても合格出来るし、アウトプットは実務に必要な能力ではないってことを言っているのですかね?

反受験対策キャンペーンであることを割り引いても、法科大学院に対する不信感が強まります。

投稿: Toshimitsu Dan | 2008/03/29 15:23

そういう読み方ができるとは、私の書き方が悪かったんですかね。

その上の部分で、どうアウトプットの指導をしているかというところでアウトブットの重要性を強調されていましたので、そのような解釈は聞いている限りではできません。
京藤先生は、ろくに法律の勉強が進んでいないのに、ただ書き方だけ訓練して合格できるのではないかと考えている学生に、それは無理だといっているのであって、アウトプットの能力が無くても合格できるとはいっていませんし、実務に必要な能力では無いともいっていません。

ただし、司法試験の答案を書く能力が実務で役立つ法律文書起案能力かというと、それも違うだろうということは、最初に柏木先生が強調され、京藤先生も述べたところですけどね。
その辺は、現在の新司法試験の問題に対する評価がまだ定まっていないので、研究が必要だというわけです。

投稿: 町村 | 2008/03/29 15:54

司法研修所の起案も否定なさるのでしょうかね。
あれって、今思うと答案練習そのもののような気がしますが。
もちろん、これは予備校の答案練習とはレベルが違うでしょうし、司法研修所の起案と同レベルのものを実施できるロースクールも少数(上で名前の挙がっている先生方のローではいろんな意味でおそらく無理)でしょうから、合格するまで起案はするな、という意味ならわかりますが。

投稿: 先生方は、 | 2008/03/29 16:17

研修所の起案は2時間で司法試験用六法だけ見て記憶を頼りに書くというようなことはしないのではありませんか?

投稿: 町村 | 2008/03/29 16:46

私自身、実務に就いてから受験時代に膨大な答案作成をしたことは大いにプラスになっています。司法試験の答案作成能力は実務でも間違いなく役立ちます。
自分の頭の中を形にすること、それもどうやれば他人にわかってもらえるかを考えながら文書を作成するという点では共通しますし、その訓練を軽視して実務家養成を語るのはお笑いでしかありません。
司法試験の答案作成能力を実務での起案能力に転換する作業は司法修習を通じて十分に可能です。実際、これまではそのようにしてきました。

司法試験で問われている能力が実務で要求されるものの一部であることは確かです。
でも、その一部の能力の育成すらできない法科大学院がさらにプラスアルファの教育を可能とは到底思えません。
前期修習相当の力を養成することは原始的不能状態なのですから、出来る範囲で優先順位の高いところから能力を養成すべきです。
法律家に必要な調査能力・分析能力の養成を担われる法科大学院の教員の方の調査能力・分析能力を持ってすれば、その程度のことは自明のことと思われますが。

投稿: きゃんた | 2008/03/29 17:01

>町村先生

研修所の起案も六法と白表紙記録(問題冊子)以外見られないですし、時間制限だってあります。法律構成や事実認定の仕方についても記憶を頼りに書かなければならないことが少なくありません。
そういう意味では司法試験とそんなに変わりません。

投稿: きゃんた | 2008/03/29 17:11

きゃんたさんは、膨大な答案作成をするのに基本的な法律知識の習得をおろそかにしていたわけではないんでしょう?
それに、きゃんたさんのなさった勉強方法は実務に役立つものだったとすれば、これは結局良い方法で勉強されてきたということに他ならないわけです。
そしてそれを批判しているわけではないんでしょう。

投稿: 町村 | 2008/03/29 17:16

研修所の起案も持ち帰り、即日ないし後日提出というパターンが多いといわれていましたが、きゃんたさんの時代は違うのですか?
それとも教室で試験のように実施する起案が大多数ですか?

投稿: 町村 | 2008/03/29 17:22

>町村先生

エントリの
>答案練習については、法律家のする起案が記憶に頼ったものではなく調査能力と分析能力総合能力が必要であることから、実務では役に立たないという。

の部分に引っかかるものがあったものですから、それはちょっと言い過ぎではないかと思いまして。

あと、起案なんですが、私の時代(50期後半)は自宅起案はほとんどなく、大抵即日起案(教室で試験と同じように起案する)でした。

投稿: きゃんた | 2008/03/29 17:32

それはどうも失礼。会場で聞きながら携帯入力していたものですから、不正確なまとめになって、ご迷惑をおかけしています。

起案のやり方も、ご教示ありがとうございます。

投稿: 町村 | 2008/03/29 17:52

どうも混乱を招いたようで申し訳ありません。

実務家としての能力で言えば、基本的な法律と事案に応じた基本的な用法を理解して使いこなすこと、自分なりに事案の特殊性を考えて応用できることと、それをちゃんと文章にする言語能力があることが必要です。

いわゆる予備校通説のカーボンコピーは困りますし、頭でっかちで日本語になっていないひとも困ります。

個人的には文科省の意味不明の方針は止めてもらって、ロースクールにちゃんと受験指導して欲しいと思うところです。

本試験の問題は、基礎と応用力を判断するにはけっこう良い問題だと思いますし、受験生もかつての500人時代のような些細なところで決着がつく勝負ではありません。

私自身がロースクール生に指導して思うのですが、事案の特殊性についてもちゃんと考えて答える週間がついている人は、なぜか早期に受かっているような気がします。

もっと早くそのことに気付いていれば、私も貧乏IT弁護士と称されることも無かったのかも知れません。

投稿: Toshimitsu Dan | 2008/03/29 19:38

旧司法試験の答案を書く能力だけでは,実務で使う法律文書起案を満足に行うことはできないけれども,旧司法試験の答案を書く能力すらないのでは,実務で法律文書起案を満足に行うことはできないことも明らかではないでしょうか。
つまり,ロースクールの3年に進学する程度で,旧試験の論文くらいは書ける知識と能力があり,さらに新試験で求められる事案解析能力を身につけるのが,理想とすべき法科大学院教育ではないかと思います。
現在の法科大学院協会の考えでは,バランス感覚のない事件処理屋が生産されるだけです。

投稿: 地方の弁護士 | 2008/03/29 21:04

地方の弁護士さんのおっしゃる「現在の法科大学院協会の考え」というのは、何のことでしょうか?

投稿: 町村 | 2008/03/29 21:16

それは,佐藤幸治の退任挨拶から読み取れる理念です。
同人は認証評価を肯定しており,自らも認証評価機関に加わっていますので,協会は認証評価機関と同じ考えなのだと理解できますが,機関が定めている評価基準自体が誤っていると思います。
そんなに旧試験を全否定するなら,旧試験を経た実務家など教育の場から排除すべきです。実務家を「実務との架橋」などと虚飾する道具にしてもらいたくないものです。

投稿: 地方の弁護士 | 2008/03/30 02:27

言いたいことは,法科大学院で,基本的な答案練習をすることが絶対に必要であるということです。もっと受験指導をするべきです。
新試験が実務に役に立つべき能力を計るものであれば,その試験で良い評価を得る能力を身につけさせることは,実務に役立つはずです。
「論証ブロックの切り貼り」で「記憶に頼った」ような答案を書かないように,指導するべきです。

なお,すでにご存じでしたら失礼かもしれませんが,旧試験でも,「ブロックの切り貼り」で「記憶に頼った」ような答案を書く人は,きちんとふるい落とされていたはずです。
文科省・法科大学院の中の教条主義的な人たちがイメージする「敵」は,実は存在しないのです。

投稿: 地方の弁護士 | 2008/03/30 02:50

 六法の基礎体力がないのに、証券取引法や著作権法などのトレンドに流されるのが、正しい法教育だとは思えない気がします。
 実は基礎体力ほど,「ブロックの切り貼り」や「記憶に頼った」回答や解答ができないものだからです。

投稿: ハスカップ | 2008/03/30 08:34

>「論証ブロックの切り貼り」で「記憶に頼った」ような答案を書かないように,指導するべきです。

このことは誰も否定しないと思いますよ。実際に指導する能力があるか、また余力があるかどうかは別ですが。

上の方でいってる答練批判というのも、「論証ブロックの切り貼り」で「記憶に頼った」ような答案を書く練習を繰り返しするのでは役に立たないといっているわけですから。
(ちなみに、こういったからといって、記憶の必要性を全否定しているわけでもありません。念のため。)

そういうわけで、地方の弁護士さんのおっしゃることは、同意できるんですが、法科大学院協会の見解だとか、佐藤幸司先生の退任挨拶はすなわち法科大学院協会の見解で、それが認証評価機関の見解だと断定されちゃったりするのは、またずいぶん単純化してくれたものだなと思います。

もう一つ、旧試験の弊害を指摘しているのは法科大学院の先生たちだけではなく、最近の若手はダメだダメだといっている弁護士さん達に、研修所教官の方々も含まれています。こういう人々は、地方の弁護士さんの「きちんとふるい落とされていたはず」という認識とは異なる認識を持っているのでしょう。
でもだからといって、旧試験を全否定している人はいないでしょう。

投稿: 町村 | 2008/03/30 09:29

答案練習を授業でする必要はないでしょう。
法科大学院でほかにもっと教えることがあるんじゃないでしょうか。

旧司法試験の受験により実務でも役立っていることといえば、条文、判例などの知識が最も大きいと思います。
個人的には、実務についてから、受験生のときに答案を作成しておいてよかったなどと思ったことは一度もありません。答案を作成する過程で身についたのは、いかに読みやすい字を速く書くかという能力くらいです。

研修所は、一定のレベルにある修習生(最近はここが疑問視されているようですが)であることが前提となって成り立っていると思います。実務に必要な最低限の知識があることを前提に、実務文書や実務の処理手順を学ぶために起案が用いられているのでは。研修所でやっているから、法科大学院でやってもよいというのはおかしいと思います。段階に応じた教育の仕方があると思います。おそらく研修所においても、修習生に基礎的な力が欠けるという判断がなされた時点で、起案形式の教育は減るのではないでしょうか。

答案練習は、頭の中の引き出しから素材を引っ張り出して、整理するという点で有用かもしれませんが、引き出しが足りないのに答案練習してもだめでしょう。
法科大学院が法曹を育てるプロセスなのだとしたら、答案練習はそのプロセスに必要不可欠なものなのでしょうか。司法試験に受からなければ法曹になれないのだから、という反論もあるかと思いますが、今の司法試験の問題を見ると、実務的な教育の中でも十分対策が可能のように思えます。教員が、司法試験の試している能力を研究して教育の中に反映させることをしないで、安易に答案練習をすることは学生をミスリーディングする可能性が高い気がします。
法科大学院が答案練習により現在の司法試験形式の問題を解く練習をさせているとしたら、司法試験の問題形式が変更された時点で対応できなくなる可能性もあります。

投稿: 旧司法試験組 | 2008/03/30 12:16

うーーん、皆さんの答案練習と旧司法試験と新司法試験のイメージがそれぞれ違うということが、見ていてよくわかりました。

私的には、問題のどのような事実を拾い上げてどのような法的な構成をするか、また、どの事実をどのように評価して当てはめるかという練習は、実務家に必須な能力で、答案練習で得たものが、意外に役立っているような気がします。

素材から料理を考える料理屋さんになるには、基礎の反復練習は大事ってところでしょうか?

そのような事実に基づいた教育を、学者の先生が出来るかと言われると、某ロースクールを見ると絶望的な感じだったりしたりします。

投稿: Toshimitsu Dan | 2008/03/30 16:45

町村先生

> もう一つ、旧試験の弊害を指摘しているのは
> 法科大学院の先生たちだけではなく、
> 最近の若手はダメだダメだといっている
> 弁護士さん達に、研修所教官の方々も
> 含まれています。

確かに旧試験では論証のコピペ一本槍で受かった奴がいたのは否定できません。本当に暗記が得意な人はいるものです。自分で考えた不十分な論証よりも、人の良くできたのを覚えた方が点数が良いということや、そんなレベルで勝負をつけるのはカーボンコピー君が増えた原因だと思います。。
ただ、合格者が1000人時代になったころからは、合格しやすくなったので、コピペ君になる前に受かってしまっているなぁという気がします。

法曹の質の低下は、試験の内容というよりも、単に合格者の増やしすぎで、合格するべきでない能力の者を、試験上位から何人に入っているというだけで合格させているからだと思います。
法曹の質の低下は、世間が考えているよりも深刻だと思います。

投稿: Toshimitsu Dan | 2008/03/30 17:03

壇先生のおっしゃるとおり,旧試験を「論証ブロックの切り貼り」の答案で通過してきた人も,いると思います。
合格者数が1000人を超えるようになってから。
合格者数が少なければ,ふるいにかける機能が生きます。
ところが,合格者数が2000人にもなると,ふるいにかかりきらず,「切り貼り」答案でも合格してしまいます。
合格者数を広くしたために,かえって「切り貼り」答案に流れやすい土壌を作ることになるのではないかと思います。しかも,本来深い勉強をすればできる人が,頭が良いために,「切り貼り」答案で合格する道を賢く選択するのです。
合格者数,合格率,三振制度が相まって,人材の育成が阻害されていると思います。
正しい答案練習・正しい受験対策をするべきです。しかし,競争試験である以上は,最低限の時間で最高得点を得る選択をするのは,経済合理性から致し方ないことです。あえて困難な道(=法科大学院の言うとおりの勉強をすること)を選んでしまう人は,その点では法曹に向いていないといえます。

投稿: 地方の弁護士 | 2008/03/30 22:03

若輩者ですが、現役生として少しだけ書かせて下さい。

切り貼り答案についてですが新司法試験では、今のところほぼ
駆逐されています。といいますのは、問題文が長く、あてはめ
部分に相応の配点がなされているからです。採点基準からもそ
の点をうかがうことができ、切り貼り答案は、ほとんど評価さ
れていないのが現状です。

次に法科大学院の授業についてですが、先生の質が低いことが
散見され、残念でなりません。特に下位ローでは、先生自身が
試験を受けたこともなく、受かったこともない、またレベル自
身も高くないかたが多いので、生徒の質問にすらまともに応え
ることのできない先生がいて、授業の内容としても、もはや体
をなしていないものがあったりします。そういう授業をされて
しまうと、生徒自身は、予備校に走らざるをえず、学校にも受
験指導を求める風潮になります。やはりいまの法科大学院は数
が多すぎると思います。

投稿: たっくん | 2008/03/30 23:02

 実務法曹教官(判検弁)を多数そろえていないローは自然淘汰されると思います。司法試験を受けたこともない教官がローの最低基準の授業どころか、司法研修所の前期相当の起案指導ができるはずがありません。
 というか、そもそも訴状・最終準備書面や冒頭陳述・弁論に何を書いていいか教官自体がわかっていないんじゃないのかな?

投稿: ハスカップ | 2008/03/31 10:03

私があんまり言うのも問題なのでこのあたりにしますが…。

>たっくん

いずれの指摘も私は同感です。

ローの教育については、
世間ではあまり知られていないので
もっと声を大にして言わないと
いけないと思います。

みなさんは実務家になるために十分な
教育を受ける必要があって、
ローはそれに答える義務があります。
それが人生を懸けてローへ進んだ者への
接し方だろ?と思うところです。

厳しい勝負の世界ですが、
くじけずにがんばってください。

投稿: Toshimitsu Dan | 2008/03/31 10:10

 落合先生のブログから参りました。

 「記憶に頼る」答案作成があたかも「悪」のように問われていますが、(私(しがない一法曹人)の経験と周辺のものを観察しての結論ではありますが、)予備校答案・暗記答案上等だと思っています。
 そんな合格者らも今は素晴らしい法曹人として活躍しています。

 所詮司法試験は法曹になるための資格試験であって、それ以下でもそれ以上でもないように思います。

 たかがそんな資格試験合格者如きに皆さん何を期待しているのだろうか、実はそんな期待の裏では別の思惑があるのでは?と巷間言われるような下衆の勘繰りしか思い浮かびません。

 この試験の合格者の教育は、司法研修所とその後の実務に任せておけばいいのではないでしょうか?

投稿: お粗末というか何というか・・・ | 2008/04/01 12:11

あのですね、法科大学院の教育を誰もチェックしなかったら、どこも司法試験対策のみに邁進します。
(1)合格率を上げよ! というのは、大学本体から法科大学院が突きつけられている使命ですし、(2)学生もそういう予備校的授業を喜びますし、(3)合格率が低ければ、そのうち誰も入学しなくなって淘汰されるでしょうから、合格率アップには、どこも必死です。

でも、それだけじゃまずい、というので、もう1つのタガとして認証評価システムがあるのです。
法科大学院として期待されている内容(基本的な法知識とか、自分で判例や学説を調べる能力とか、相談者とコミュニケーションを取れる力とか・・・、「理論と実務の架橋」というのが公式キーワードですがね。)を、きちんとやっているの? ということを、3つの評価機関がそれぞれ独自の評価基準をもとにチェックしています。

だから、問題は、司法試験合格率アップに「のみ」邁進することの適否です。そして、正課で答案練習をやっているということであれば、専任教員が学生に対して、司法試験アップこそが重要で、それ以外のことはやらなくていいよ、というメッセージを(無意識的にせよ)出していることになります。
(もっとも、それ以外に、依頼者の話を聞き取る時間とか、論点メモみたいな書面を書く時間とか、クラスメートと議論を戦わせる時間とか、判例をリサーチする時間とか・・・が豊富にあるのであれば、それも許されましょうが、正課が答案練習では、これらはどこで取り組むのでしょう?)

あと、法科大学院→新司法試験→司法研修所→OJTの、それぞれの役割分担の議論は、まだあまり進んでいません。
ただ、「点からプロセス」(従来は司法試験一発で選抜してきたのに、今後は、時間をかけて育てつつ適正のない者を淘汰していく)の理念もありますし、司法試験の前後で役割をきっぱりと分ける議論は、もはや採り得ないというのが、関係者の共通認識だと思います。

投稿: 議論の基礎知識・・・ | 2008/04/01 13:24

司法試験に向けた勉強していない法科大学院生と、司法試験に向けた勉強に加えて、実務家になったときにより有益な勉強をしている法科大学院生とでは、司法試験に合格し、司法修習を終える段階での就職の段階での評価が大きく異なってきますので、「法科大学院の教育を誰もチェックしなかったら、どこも司法試験対策のみに邁進します」とは一概に言えません。

投稿: 小倉秀夫 | 2008/04/01 13:47

例えば高校の数学で、チャート式のような解き方の書かれている参考書が与えられ、各自それを自宅で潰した上で、その類題を授業で解かせて、間違っているところを添削するというような教育方法は一般的に有効だと考えられていると思います。
司法試験においても、問題集を自分で解いて、それが習得できているかを確認するために答練を受けるのは有効ではないかと思います。
答練=悪というのは極めて受験指導=悪という原理主義的な考え方ではないでしょうか。
ただ、法科大学院の最大の問題は、かけ算の九九や因数分解についてろくすっぽ理解できていないような学生に微分方程式の解き方を教えて悦に浸っているが如き教育体制にあるように思います

投稿: いちチューター | 2008/04/01 16:51

受験対策を批判するなら批判するでよいのですが、彼らの言う方針にそった教育方法で、かつ未収の平均的なロー生(東大・京大クラスではない)に対してでもこれを施すことによって3年の期間で司法試験委員が「絶対評価として」(=法務省で公開されているヒアリングのような口を言う必要がないほど)十分な能力を習得できる具体的教育モデルを提示してもらいたいものです。

そもそも制度自体が原始的に不能なんだから、無理でしょうけど

投稿: ローの | 2008/04/01 16:55

小倉先生

>司法試験に向けた勉強していない法科大学院生と、司法試験に向けた勉強に加えて、実務家になったときにより有益な勉強をしている法科大学院生とでは、司法試験に合格し、司法修習を終える段階での就職の段階での評価が大きく異なってきます。

 「実務になったときにより有益な勉強」などというドグマ設定自体がイカサマのような気がします(法曹教育の基本は今までのように徒弟制度で充分でしょう。)。
就職段階での評価は、出身ローと新司法試験の成績、という極めて客観的なものに集約していくものと思っています。

 理想ばかり語るのはご勝手ですが、今やロー制度は中教審の枠の中(笑)。

 観ているほうが恥ずかしくなるばかりです。

投稿: そうでしょうか? | 2008/04/02 07:05

徒弟制度での教育に耐える資質を身につけていない新人を0から教育するゆとりは、一般の法律事務所にはありません。だから、とりあえず筆記試験を課して第1次の書類選考をする事務所は増えるのだろうとは予想します。

出身ローについては、新司法試験対策中心の教育をしているところか、実務向きの勉強も欠かさずやっているところかがはっきりしてくれば、第1次選考をパスするかどうかを考慮する上で、重要な手がかりになろうかとは思います。

別に理想を語っているわけではなく、雇う側の立場で物をいっているだけのことです。

投稿: 小倉秀夫 | 2008/04/02 15:13

法科大学院の学生です。

>「お粗末というか何というか」さん。


>(1)合格率を上げよ! というのは、大学本体から法科大学院が突きつけられている使命
本当にそうでしょうか。普通に考えれば、淘汰されないようにそういう圧力が法科大学院に掛かりそうですが、そうは表向き見えてきません。

>(2)学生もそういう予備校的授業を喜びます
予備校的の定義を完全には理解していませんが、試験突破に近付く授業を望んではいると思います。予備校的でないとしても、思考力や表現力が学者の方々からの授業や指導によって鍛えられ,
試験突破に近付くのであれば、学生は望むと思います。
もっとも、学者の方々による教育がどのようなもので、現に法科大学院で行われているものと一致するのか、一致したとして、試験突破に近付いているのかは、検討がなされてない分野だと思います。

>(3)合格率が低ければ、そのうち誰も入学しなくなって淘汰されるでしょう
その通りだと思います。

>合格率アップには、どこも必死です。
これは(1)と関わり、疑問が残ります。

私のいる法科大学院だけかもしれませんが、中心となる学者の考え方は、その方(方々)の考える「法曹に必要な教育」を施せば、学生が合格するに越したことはないが、合格しなくてもしょうがないと考えている節が所々に見えます。
その考えが是認されるとしても、その教授(達)の考えた「法曹に必要な教育」が妥当なものか、賛同する意見、批判する意見、共に十分に受け入れて議論すべき問題であるはずに思います。また、その過程を法科大学院学生に対して公開していくべきではないでしょうか。しかし現実には、教授会も形骸化し、複数の教官で共同して行われる科目でさえも、他教官の具体的な担当範囲、試験問題、教育方針などについて議論が行われているとは(私だけかもしれませんが)聞いていません。また、学生からの批判は聞くに値しないかもしれませんが、仮に学生から批判があれば激怒して、今後の法科大学院生活に支障が出てくるように感じます。それだけが理由ではないでしょうが、1期生に関しては1/3退学しております。
中心となる教授はかつて、「私のやり方が間違ってはいない。いずれ新司法試験が間違っていたことに試験作成者が気付く」という趣旨の発言をされていました。その意見が妥当かもしれませんが、妥当かどうかの判断は、実務家登用試験として実務家に必要な能力を測ろうとして作成している試験作成者と、対話をするなどして、十分な議論をしてから結論を出して欲しい状態です。
ちなみに、その教授の方は司法試験に合格していませんし、私の法科大学院にはもちろん試験委員もいません。

投稿: t | 2008/04/03 00:57

文部科学省において、上位校と下位校での指導方法の徹底的な比較検討はなされているのでしょうか。
シンポジウムはいささかセオリー倒れのところがあり、
実益があるのかあやしいものだという印象を受けます。
成功した教育例と失敗例の差異を実証的に明らかにして欲しいと思います。
もし差異が無ければ学生の資質能力に帰着するので、私のような学生はぐうの音も出ません。

投稿: かとう | 2009/03/08 10:41

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 法科大学院認証評価symposium:

« site:アジア歴史資料センター | トップページ | 福田首相siteが炎上ならぬ凍結 »